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オトメゲームはじめました
乃絵美が紹介してくれたゲームはタイトルを「ゴシックハート」と言い、 彼女が言うには全世界の乙女たちが待ち望んだ究極の傑作であるらしい。 究極の傑作の割には一般的知名度はあまりに低く、私の人生において一度たりとも聞いたことのないタイトルではあった。
パッケージにはたくさんの見目麗しい男性がこちらに向かって様々な表情を向けている。髪の毛の色が赤かったり青かったり黄色であったり、まるで信号機のようなカラフルさであった。一目見て特異なゲームであると察した私だけれども、乃絵美があまりに楽しそうに内容を話すので、一度くらいはゲームをプレイしてみるかと思ったのである。
ゲームの主人公の名前はプレイする各人が好きなように決めて欲しいとのことだ、デフォルトネームでプレイしたいと私はかたくなに強要したんだけど、乃絵美はゲームの楽しみ方をわかってない、素人は玄人から学びなさい、一般的には当てはまるであるような理論をもってして、私を納得させたけれども、仕方がないので愛しの弟の名前を拝借することにした。
何で自分の名前をつけないのか、呆れ半分憤り半分の彼女の声を聞きながら、自分の名前をつけるのはあまりに恥ずかしい、勘弁してほしいと土下座をしながら許しを乞うことにした。
この行為は、不出来な私が周囲の皆様方の怒りを買い、何とかして燃え上がる怒りを鎮めようとした際に、一番謝罪の意を示すにはどのようにしたらいいか考えた結果、近所の舞踊家のお姉さんに土下座の仕方を教えてもらった。
お姉さんは私の土下座を素晴らしいと褒め称えてくれた「良い筋をしています、舞踊家としての才能があるかもしれません、入門しませんか?」気前よく褒めて、新しい会員を増やしたいだけなのではないか、そんな風に疑問に思いながら、では今度見学に行きます――何回か通った結果。
本当に私には才能があったらしく、補助をしますのでぜひにも。誘われたけれども、弟と過ごす時間が減るのがとても残念だったので、後ろ髪を引かれつつも、趣味の範囲で日本舞踊は定期的に披露している。
クリスマスの日に小学校で舞ってみたら思いのほか好評だった。
ゴシックハートの話に戻る。
最初から誰に語っているのか分からないポエミーなモノローグには頭痛を覚え、今すぐにでもやめたい衝動に駆られたけれども、乃絵美がとても素晴らしい文章だと褒めるので、私の感覚が古いだけだと思い直し、苦行のように夢見がちな文章を長々と眺めることになった。
読み取るだけで難解なモノローグを散々披露されたあと、私はついに攻略対象だという男性と出会うことになった。 顔立ちと声は確かにかっこいいのだけれども、現実感がまるでない痛々しいセリフであったり、こちらに向かって気があるのではないかと言わんばかりの口説き文句を羅列されたため、こんなこと言う人なんて現実にはいない! 乃絵美に向かって文句を言ったんだけど、現実の男性じゃないんだから当たり前! 反撃をされて私の怒りは簡単に収束した。
確かにゲームの中の登場人物なのだから、現実の常識を当てはめたところで通用しない側面もある。今後いかなる場面が出てきても、現実的ではないと語るのはやめよう、乃絵美にはそのように告げて謝罪した。
奇想天外な常識が羅列される世界というのは、現実には存在しない魔法であるとか、モンスターであるとか、存在しないものがいるのだから、私たちの世界の常識が通用しなくて当たり前だ。
もしも今後常識が通用しないような人が現れたら、今まで生きてきた人生が違うのだから、各人で考え方が違って当たり前である――そのように結論づけて、相手を言い負かせるようなことを言うのはやめよう、最初のゲームのプレイの時に学んだのはそんなことだった。
その感想は乃絵美には恐ろしく不評であったけれども、ゲームのプレイはこれからも続けていく、今度はあなたの家に泊まりに行って徹夜でプレイしてみたい、そんなセリフで彼女を大変喜ばせることに成功した――ゲームの中のイケメンが言った台詞も少しだけ拝借して、彼女が喜ぶようなことを言ってみただけなんだけど、思いのほか効果が高かったので、彼のことを一番最初に攻略しようと心に決めたのだった。
ゴシックハートな世界観は、中世ヨーロッパをイメージしたファンタジー世界である。
魔法が存在し、科学技術は一部にしか存在しない、科学は魔法と似たような存在であるとは説明されているけど、科学技術を発展させるまでの経緯が語られることがなかったので、突如に生まれた技術程度に納得しておくことにした。
ともあれ魔法が存在するということと、中世ヨーロッパをイメージした世界であれば、当然のように身分差は存在する。この世界では魔法を使える者が主に特権階級者として活躍している。主人公は平民として生まれながらも、魔法の才能があったため、その技術を活用するために学院に入るというのがモノローグで説明された――と思う。
一言で言うと痛々しいほど過度に装飾されたモノローグの中で、自分に必要な情報というのを読み取るのにすごく苦労した。
普段からゲームをあまりプレイしないし、読んでいるのはネットでお金がかからない明治時代とか大正時代の文豪の作品ばかりだったから、必要以上に難解だと思ってしまった――乃絵美からすると、こっちの文章の方が簡単だから理解が出来るでしょ? そんな風に言われた。
ひらがなばかりの文章が読み取りづらいのと同じで、簡単に書かれていると言っても理解が及ばないこともある――私の話は必要以上に難解だと言わんばかりに彼女は首を振ったけども、そこまでおかしなことを言ったものかと今でも疑問。
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