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人生って大変だ
乙女ゲームをプレイしていて感じたのは、女の子が異性に対して提供を求める理想像というものが極限までに詰め込まれた、趣の極致の作品かと思う。
ゲームの中に登場する人物たちの感情表現であったり、モノローグにおける用車であったり、極めて過度に脚色された、私からすればそんなことを考えている人間はいない、現実の人間にこのような表現を求められたら大変なことになる。
薄ら寒いと思われるような表現を眺め、これ以上しかめることができないほど顔をしかめていた私に対し、そのうち慣れるから大丈夫、乃絵美は励ましになっていない言葉でプレイを強要したんだけれども、恐ろしい事に本当に慣れて行くから大丈夫だった。
塵ひとつない無菌室で育ったような王子さまには、そんな生き方をしていたら生きづらくってしょうがないだろう、正論ばかり相手に提供して反論されることは予想していないのか――ツッコミを繰り返していたら、そろそろ口を閉ざせ、手のひらをグーにして乃絵美が半強制的に私の口を閉ざした。
互いを敵同士だとでも思っているようなだんまりでゲームは進行していたため、怒っている? なんて言いながら乃絵美が手を握ってくる。 まるでゲームの中に登場するイケメンのようなしぐさをしながら、こちらに愛を語りかけるように、体を寄せつつ、怒っているのかいないのか――そんなことを問い合わせてくるので、今ゲームに集中しているから後でね、という言葉を最後にがむしゃらにプレイを続けた。
一言で言うならば、こんなことを考えている現実の人間もいないし、もっとまともな思考回路をしていれば、問題発生から解決までの道のりは苦難を生じずとも乗り越えられた。
だけど、不思議に物語として語られてしまうと読めてしまうから、腑に落ちない思いは抱えている。だんだんとこれはこういうものかな、という感じになり、ゲームをクリアするころには疲弊を重ね、言葉を出す余裕すらないほど集中してしまった。
互いに会話もないまま物語に集中してしまったので、さぞかし乃絵美も疲れているだろうと思い、何かして欲しい事はないの? とそんな言葉で尋ねてみたところ、一緒にお風呂に入りたい、旅行に行きたい、同じベッドで寝たい、なんでもいいと言ったつもりはないけれど、彼女に大変な思いをさせたのは事実だから、多少の危険を覚えつつも、願いを叶えることにした。
しかし、一番最初の願いで彼女が鼻血を出しながら昏倒したので、旅行に行くのも、同じベッドで寝るのも、私の死亡で叶わぬ夢になってしまった。
幽霊のように化けて出てくれば、彼女は悪霊退散と言いながらエクソシストに除霊を頼むに違いない。
私のことなんかさっさと忘れてしまって、幸せな人生を歩んで欲しいものだ。
なくなってしまってから長々と、大切な思い出ではあるけど、さほど思い返すほど重要でもない出来事を振り返っていると、目の前に白い部屋が現れた。
これが天国へと繋がる場所であるのか、それとも地獄に叩き落とすための面接所であるのか。
雪のように白い机であったり、皿が置かれている棚であったり、ありとあらゆるものが白で統一されているせいか、生活感がまるで感じられない、これでは他人を呼ぶことはできない。
死者が導かれる世界なのだから、お客様というのを想定していないんだろう。カレーうどんでも食べれば大惨事になりそうな真っ白い部屋を私は見回し、これを掃除する人はよほど大変なのだろうな、妙な感慨を得た。
家の掃除から食事までを一手に担ってなっていた私は、 これほどまでに綺麗にするにはよほどの苦労があったに違いないと思った。もしも掃除をするコツが聞けるなら、私なんぞを欠け、これから炊事から洗濯までメイドのように過ごさなければならない弟に、冥土から姉がメッセージを届けなければいけない。
「なかなか面白いことをおっしゃいますね園原智絵里さん」
埃ひとつない部屋の中で、太陽の光が反射しているわけでもないのに、電気がついているわけでもないのに、何でこの部屋は白く輝いているんだろう、設定の不備を突くような気分になりながら原因を追究していると、そんな私に対して苦笑いをするであるような、変なものを見るでやるような、もしくは心の底から感心をしているのかもしれないけど、とりあえず一言で言うならば面白いと感じていることはないだろうと思った。
振り返ってみると女性は人間離れをした外見をしていた。とても美しいと思う、弟ほどではないし、もしかしたら乃絵美にも負けるかもしれない、しかし私なんぞよりもよっぽどの美少女だ。
これが死者の世界の平均的な顔面偏差値の女性であるならば、私は立派に平均以下にならざるを得ない。
目の前にいる女性が極端に容姿が優れていれば、もしかしたら私が死者の世界に行っても、現実世界のように遜色なく暮らしていくことができるかもしれない。顔面偏差値で良い悪いを決められてしまっては困るけど、美醜に対して人間というのは敏感すぎる。
顔がよくても性格が良くなくてはね、乃絵美は苦笑いをしながら自分は大した人間ではないと言うけれども――
「おめでとうございます、あなたは見事に新しい世界に転生することに決まりました」
「……ありがとうございます?」
転生することに決まったということは、もう一度最初から人生をやり直すということになるのかもしれない。しかしながら、親友も愛おしい弟もいない世界で、右も左も分からないような場所で新しい人生をやり直すのはとても苦しい。
おめでとうございますという反応から、私が喜ばなければいけない立場であるのは重々承知ではあるんだけれども、頼んだ覚えもない転生というイベントを経て、喜ばしいという感情を抱く人間がいかほど存在するのか極めて疑問だ。
「すごく不満そうですね?」
「だって、世の中というのは地獄そのものではないですか、生きている大半が苦しいことばかりで、水の中で溺れるような感覚を抱いていました。幸せなこともありましたが、それは水面に顔を出して息を吸って助かったと感じるのと同じで、次の瞬間には苦しいことが顔を出してばかりではないですか」
「その通りです人の子よ、あなたの主観はとても正しい。ですから、そのことをまるで感じないような極めて高い能力をあなたに与えます」
「宝の持ち腐れにはならないでしょうか、その能力をいかんなく発揮するような人徳を私は持ち合わせてはいません、私は今まで親友であったり、愛おしい家族であったり、たくさんの人の力を借りて生きていました。自分一人が高い能力を持って、何もかも自分一人で問題を解決されてしまう世界で、私は転生をして意味があるんでしょうか?」
「ごまかしの言葉が通用しないようですね……申し訳ありません、智絵里さん。あなたにはして頂きたいことがあるのです、拒否をされても構いません、こちらはお願いをする立場ですから」
「そのような顔をなさらないでください、私みたいな人間に申し訳なさそうにする必要はありません、どのみち大した人間ではないですから、とりあえずお茶でも飲みながら話をしましょう?」
こんな綺麗でお茶なんか一度も入れられたことがないようなカップを手に取り、目の前にいる極限まで美を追求したような美しい女性とお茶をすることを乃絵美に知られれば、温厚な彼女もガンジーみたいに助走をつけて殴りかかってくるかもしれない。
どうか許してほしいガンジー、いい感じに。
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