お茶をちゃっちゃと淹れるというギャグを思いつく

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お茶をちゃっちゃと淹れるというギャグを思いつく

 お茶を振舞うということにここまで緊張したことはない。  たびたびお客様を相手にしてきては、それなりの味がする、お茶汲みとしては合格点――なんとも反応に困る評価ばかりされてきた。日本舞踊を教えてくださったお姉さんにも、お茶汲みとしてはギリギリ合格点です――まだといういただけない評価であったので、それなりにお茶を入れる才能はあっても、人を満足させるためにはまだまだ足りない能力であると察している。    そんな平均点よりもちょっと上レベルの人間が、今回は神様にお茶を振舞わなければいけないというのは身から出た錆であるとはいえ畏れ多い。真っ白い景色の中で、真っ白い急須に、緑色の茶葉が不自然に浮かんでいる。ポットから出てくるお湯も白いのかと思いきや、無色透明であるのでこれまた違和感が生じる。休日から注がれたお茶ばかりは白い茶飲みを緑色に染め、なぜ私はこんな白い部屋でお茶を入れているんだろう――いかばかりかの疑問が脳内に生じるけれども、お話をしようと誘ったのは私だし、お茶を入れると言ったのも私だ。  自分がやろうと決めたことなのだから、最後まで責任をもって行動を終わらせるというのが、適切な人間としての行動ではあるまいか。  もしもこの部屋に鏡があれば、苦笑いをしているわけでもないし、笑顔を浮かべているわけでもない、またまたお無表情でお茶を入れているわけでもない――なんとも形容しがたい表情をしている私が映るだろうなと想像した。  愛想よく振る舞うのは、乃絵美にも過去に指摘があった通り、とても苦手である。  表情筋がかたいであるのか、それとも感情表現に不備があるのか、何かしらのトラブルが発生して、心の中の気持ちが表面に出ることは少ない。  まるでそんなことはないのに、お高くとまっていると指摘されること複数回。正確には何も考えないでぼーっとしているのが正解――乃絵美はそのように私の姿を表する。  「お茶ですが、美味しくなかったらごめんなさい」 「人間の生活をまねて、こういうものを飲めば人の気持ちがわかるのではないか――上司はそうおっしゃられました、しかし淹れ方が分からないので、今までこうして飲むこともありませんでしたが……」  天界においてお茶の味というものが、私の入れたものになってしまうのは何とも心苦しい。私なんぞの淹れたお茶がデフォルトの味になってしまったら、ハードルが低すぎて今度入れた人が極悪人だったとしても、天界の皆様にお茶を入れるのが上手だと言われてしまう可能性がある。  顔つきは笑みを浮かべているようにしたいけれども、おっかなびっくりという気持ちがあるせいか、目の前の美しい女性を真剣に眺めているような面持ちになってしまう。  実際問題この女性は私と比べることもなく、乃絵美と比べるまでもなく、弟と同じくらいの美少女である――とんでもない美少女にお茶を入れている私というのは、何とも言えず下っ端根性が働いてしまうような気もする。   弟からそんなメイドさんみたいな行動をしなくてもいい――言われたことを思い出す、何度も何度も言われてしまったせいかそれが弟の口癖なのではないかと思ってしまうくらいだ。しかしながらメイドというのはもう少し優秀な存在だ、少なくともお世話を焼いている主人に気を使われているようでは失格である。  「これは人間の世界でいうところのお茶でしょうか」 「分類的には緑茶と呼ばれるものですね、日本人が多く好んで飲んでいます。いろんな種類のものがありますが――」 「緑茶というのはとても尊い味がします、この味を例えるのならば――お腹が空いている時に一口カレーを食べた時の味ということになるでしょうか」  彼女の言い放ったセリフが、天界ギャグというものであるのならば私は笑いながら、そこまで褒めいただかなくても結構です――そのように答えるのに、彼女の瞳はこちらを射抜くんばかりに真剣で、手は強く握られており、身体は少々震えている。  こちらの反応がどのようなものであるのか見逃さない心つもりであり、つまりウケ狙いであるとか、面白いことを言ってみました――そんな表現でないことを察するしかない。   神様でもお腹は空くのか、そこはツッコむべきではないし、一口目のカレーということは天界にはカレーライスなる食べ物が存在する――日付けの感覚がなくなってしまいそうな世界観をしているから、もしかしたら金曜日のカレーみたいに、ある特定のイベントでカレーがふるまわれる可能性もある。  偉い神様が作るカレーライスをみんなで食べている姿を想像し、私もできれば配膳するだけでいいからイベントに参加したいと思った。  「気持ちは落ち着かれましたか?」 「はい、これから頼み事をしようというのに、私がもてなされてしまいました」 「構いませんよ、元から誰かのお世話をするのは好きだったんです」  ええかっこしい性格であるせいか、自分のことをするよりも他の人のことを考えてお世話をしている方がよっぽど楽しいのである。乃絵美にも弟にもたまには自分のことを考えた方がいい、何度も何度も指摘を受けたというのに一向に改善されなかった。   基本的に私は自分でやっていることよりも誰かのやっていることの方が目に入ってしまうのだろう、人の不備というのは目に付いてしまうから、周囲の人が何を求めているのか、言われる前に察してしまい、体が自然と動いてしまうのである。   自分のことというのは棚に上げやすいし、何より鏡でもない限りはわからないものだから、自分自身よりも誰かのために行動するほうが私にとっては楽なのだ。   それにやましい話をしてしまうと、自分自身のためだけにいくら頑張ったところで誰かのためにならなければ褒められたり、喜ばれたりしないけど、誰かのために頑張るのは、多少不出来でも思いがこもっていれば自然と笑顔になれるものだ。  それが押し付けがましいものでなければという条件が付くし、褒められるために誰かのために行動するのは良いとは言えない。  「誰かのために――思った行動がうまくいかなかったのです」 「……よくありますよ、私の死因もそうじゃないですか」 「智絵里さんにそのフォローに当たっていただきたいのです」 「私なんかでうまくいくでしょうか、現実世界ではうまくいかなくて死んでるんですよ?」 「もちろん――智絵里さんが嫌だとおっしゃられるのであれば」 「お話だけでも聞かせていただけませんか――話はそれからなのではないかと思います、あまりに困難だから了承してくれないのではないかと考えているようです」 「……確かに、なさる前からうまくいかないことばかり考えていても仕方がありませんね、この優柔不断さはよく上司にも叱られています、あまりに人間的過ぎると」  これがもし、私の同情を誘い了承得るための彼女の作戦であるなら舌を巻くほかない、しかし申し訳なさそうにこちらを上目使いで眺めながら、目を潤ませ小刻みに肩を震わせている姿を眺めると、とても演技とは思えない、そして何よりこれが演技であるならば、その姿に賞賛をして話を了承してしまいたくなるものだ。  彼女の庇護欲を誘う姿が、現世においてきてしまった弟と重なるから。 
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