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「コウちゃん、幸せに長生きしてな」
「あぁ。紅葉も、あっちで楽しく過ごせよ」
「……うん」
こくりと頷くと、紅葉はふわりと背中を向ける。少し歩んでは、あの真夏の日のような笑顔で振り向いた。
また明日も会おう。そんな笑顔で、名残惜しげに彼女は言った。
「……ほなまたな、コウちゃん―――」
俺は頷き、手を振った。
「……またな―――」
すっと、背中を再び向けて、紅葉は歩む。その後ろ姿は遠くなるにつれ、徐々に薄れてゆく。
思わずその背中に、歩み出す。
いくな、紅葉。いくな。そう、叫びたかった。大声で、呼び止めたかった。
霊のままでもいい、一生触れられなくてもいい。
だから、このまま…このまま、俺の隣に…ずっと、ずっといてくれ。
それだけでいい。それだけでいいから。
だからおねがいだ、紅葉。…いくな、いかないでくれ。
おねがいだから……
―――目の前が、滲む。手を、無意識に伸ばす。
声が、でない。
その後ろ姿は、振り向かなかった。色が抜けて、冬の空気に溶けてゆく。涙で歪んだ視界に映る、その景色。
いくな、いくな。…そう呟くと同時に、薄れていく。
―――ふうっと、その夏制服の背中が、消えた。見えなくなった。
涙が頬を伝う。目の前にあるのは、景色だけ。もうそこには誰もいない。
彼女は、もう…もう―――。
その場に、ガクンと膝をつく。前を見つめる。紅葉が消えた殺風景な景色。…涙で、歪む。拭いてもぬぐっても、とめどなく頬に流れる。
胸が、胸が痛い。手が冷たい。涙だけが、ただ溢れる。
紅葉は……紅葉は……
死んだ――――。
その言葉を胸に呟いたとたん、どうしようもなく―――顔を手で覆って芝生に伏せる。声をあげた。その悲痛な自分の声を耳に入れ、さらに喘ぐ。泣く。
――――なんで、なんで紅葉は死んだんだ。なんで紅葉が、こんな形で死ななければならなかったんだ。
「なんで……なんで……」
なんで、彼女は、なんで……。あの、楽しかった日々はもう、帰ってこない。本当にもう、二度と帰ってこないのだ。
もう彼女と笑い合って話すことも、見つめ合って微笑むことも出来ないのだ――――。
「もみじ…っ、もみじ……っ!」
「―――幸太くん…!」
後ろから声がした。楓さんの声だった。駆けてくる音がする。それでもなお涙は止まらず喘ぎ続ける。
そうすることしか、できなくて。
背中を楓さんがさすってくれた。
「広志が幸太くんが庭にいるて、それを聞いて……いったいどうしたん?」
楓さんの声が聞えてくる。けれど耳に入れて理解することができなかった。ただただ、俺は喘ぐ。喘ぎ泣き続ける。情けないほどに。
いまさら紅葉の死に涙が止まらない。
あぁ―――戻りたい。悲劇が起こる前の、あの時に、あの季節に、戻りたい。
けれどもう―――彼女と共に笑い、彼女と共に泣くことなんて、絶対に叶いやしないのだ。二度と戻れやしないのだ。
「――…もみじ…っ」
それをやっと―――やっといま、思い知ったかのように。
終わりゆく青春を身に染み込ませ、涙をぬぐってまた泣いた。
(end)
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