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目を開けると、千尋さんは大粒の涙をこぼしていた。
「隆弘……? 隆弘、隆弘……っ!」
千尋さんは彼の名を呼びながら、『隆弘』と呼ばれた彼の元に駆け寄り、すがりつこうとする。しかし、彼女の手は『隆弘』の体をすり抜けた。
「ごめん、僕はもう……」
彼に触れることができるのは、霊能力を持つ人間だけ。私に霊力を与えられただけの彼女には無理だ。彼女は空を切った両手を見つめる。二人の距離は近いのに、その境目はハッキリとしていた。
「……あなたに、会いたかったの。どうしても。だから、この人にお願いをして……」
「うん。僕もずっと会いたかった。……そして、どうしても言いたいことがあったんだ」
彼は千尋さんの手を見つめる。正確には、彼女の左手に光る指輪を。
「相手は、どんな人なの?」
「……隆弘みたいに優しい人よ」
「そう。良かった」
「でもね、隆弘よりはハッキリ自分の意見を言うタイプかな? 隆弘、そんな事なかったでしょう?」
千尋さんの頬にはとめどなく涙が流れていて、地面をポツポツと濡らしていた。隆弘さんも涙を流しているけれど、それは光の塵となって風に流されて消えていく。
「……あ」
彼の指先が、流れる涙のように淡く光り始めていた。指先を見つめた彼は、自身のタイムリミットを感じ取ったらしい。千尋さんに近づき、手を伸ばして……彼女の体を包み込んだ。――まるで抱きしめるみたいに。
「千尋」
「……うん」
「幸せになるんだよ」
「……うん」
「僕の分も、絶対に」
「分かってる」
「ずっと、見守ってる。天国で」
千尋さんが彼の背中に腕を回そうとした瞬間、彼女の体は柔らかな金色の光に包まれて……彼の姿は、千尋さんからは見えなくなった。彼女は空を切った手を見つめ、無くなったものを慈しむ様にその手を胸元でぎゅっと握った。
私にしか見えていない彼は、まるですっきりしたかのように背筋がピンと伸びている。
「ありがとう、ございました。彼に会わせてくれて」
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