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Overture<序曲> 1話
『病院』といったらまず、どのような外見かを思い浮かべるだろうか。
私なら今いるこの場所の事を考えなければ、病院は何者にも染まる、清潔感のある場所……いや病院にはより衛生的という言葉が似合いそう。つまり、無垢な白色が全体的に塗りつぶされている印象が私の中にあった。
でも、この印象は今いる場所に対して、無垢であるという事を安直に示している訳ではなくて、それとは全く反対の事を感じていた。
この病院にある、象徴的な記号を例えるとするなら何が良いのかな?
そうだな……この組織の名前に引っ張られた抽象的な印象を伝えるなら『赤十字の装飾が施された盾』という表現がいいのかも。逆に幾何学的に伝えようとすると、黒い線で構成された五角形に囲まれた『赤い十字架』という表現になりそう。
『その記号』について詳しく思い返してみると、何百年も前はたった『それだけの記号』で病院の意味があったという事を祖父から聞いた事があるような気がする。そして、その事はこの記号が現在の世の中にはもうこの組織にしかないことも意味していて、それだけこの病院はこの滅びかけた世界にとって重要なものだと私は考えている。
そう、ここは病院であると同時に人類を『感情生命体』から守る為の盾『護衛軍』の本部。そして私が所属する組織だ。
私達がいるのはその建物の一室、一見すると只の机仕事をする為に用意された部屋に見える。そこで、私の相棒の女の子がパソコンを使い何か資料を作成していた。
「それで、今日はそのきな臭い大学の研究者を調べればいいの? 黄依ちゃん」
隣の席の私の相棒、女優さながらの体型をした同い年の彼女が此方を見てはにかんだのか怒っているのか、それでも私の質問に答えてくれる。
「紅葉……いい加減大人なんだから私を頼るのやめなさいよ。自分の為にならないわよ」
「ごっごめん」
大人になりきれない私の欠点を指され、落ち込むような素振りを見せるとすぐに彼女は慌ててフォローを入れる。
「謝らないでよ……まぁ別に私はいいからさ……それで今日の調査対象は朔田っていう研究者よ。そろそろ始める為に衿華も迎えに行かないと」
短めの髪を揺らしながら、彼女は上を見上げた。その視線の先……上の階層には訓練室がある。
「また訓練? 衿華ちゃん」
「紅葉に追いつきたいらしいよ。まぁ無理だけはさせちゃいけないけど」
「私はそこまで目標にできる人じゃ無いよ? 」
「それでも、紅葉は衿華にとって憧れの対象なんだから、頑張んなさい、曲がりなりにもアンタはこの組織のニ尉官なんだから。私も同じ筈なのにね……さっ迎えに行くわよ」
彼女は椅子から立ち上がり、手招きして私を誘導する。
そして、階段を登るとすぐそこには様々な機械が置いてある部屋がある。
そこにいるのは、汗をかきながら必死にその機械に従って運動をしている同い年の女の子。名前は蕗衿華といいう。
彼女の特徴を記すならまず、後ろ髪の半分を上げて編みながら結んでいるハーフアップのような髪型だ。そして、大きな瞳で可愛らしく、守りたくなるような小動物のような印象の華奢な身体を持ち合わせた可愛らしい女の子だ。
その女の子は私の顔を見ると、ぱあっと顔を明るくして、機械を止め駆け寄ってくる。
「紅葉ちゃん! どうしたの?」
普段引っ込み思案である彼女は私の顔を見ると水を得た魚のように明るくなる。だから、私は彼女を落ち着かせるように優しく声をかけた。
「そろそろ任務だよ、衿華ちゃん」
「うん、分かったよ! このままじゃあれだから、汗流してくるね!」
彼女は勢いよく訓練室を飛び出してお風呂に行ったと思ったらすぐに此方に戻ってきた。
「待っててね。紅葉ちゃん」
何を不安に思ったのか知らないが、圧が凄かった。そしてニコッと笑ったあとすぐにシャワールームの方へ走って言った。
「相変わらず、衿華はアンタへの好意が凄いわね」
黄依ちゃんはとても呆れながら、少し溜息を吐いたように見えた。
「紅葉はさ、ああいう好意を全面的に出して欲しいタイプなの?」
彼女は照れながら思ってもいなかった事を言った。
「黄依ちゃん、もしかして寂しいの? 」
「……変な詮索しないでよ、バカ……」
普段、人間不審の彼女が私と二人きりになると出す甘えん坊な一面。彼女は過去の経験上からか、赤の他人には絶対にしない一面なのではあるが、先程の衿華ちゃんとのやり取りで嫉妬をしてしまったのだろうか。
「いいよ、今誰も居ないし。『依存』しても」
彼女は周りを見渡すと顔を赤くさせながら私の身体に身を埋めてくる。
「分かったわよ……」
弱く抱きしめられる。
「もっと素直になっていいんだよ? 」
「ばかぁ……恥ずかしい……」
頭を撫でると安心したのか普通の力で抱きしめてくる。
「大丈夫だよ、ここには私しか居ないからね。怖い物から全部守ってあげるからね」
「うん……」
数分か時間が経ち、黄依ちゃんは顔を離し、私は笑顔で語りかける。
「さっ今は任務の時間。続きは夜にでも布団の中で」
「紅葉っ……!」
「どうしたの?」
「……何でもない」
黄依ちゃんは顔を赤らめて、何も言えないでいた。
「分かった! 今えっちな妄想してたんでしょ? 」
「ばっそんなんじゃ無いわよっ!」
更に顔を赤くしている。
「はぁ……ほんと照屋さんなんだから、黄依ちゃん」
「ほんとアンタといると調子が狂うわ」
きっと、彼女も私の事を必要としてくれているのだろう。たとえ、黄依ちゃんに他に好きな人が居たとしても、こんな私をこんな風に『使って』くれるのは凄くうれしいと心の底から思えてしまう。
「おまたせー紅葉ちゃん、黄依ちゃん!」
衿華ちゃんが訓練室に帰ってくる。石鹸の香りが衿華ちゃんのふわふわした女の子の香りと混ざりあっているのが分かる。衿華ちゃんは私の顔をぼーっと火照った顔で見つめているのも分かった。
その眼差しは私に対する『憧れ』なのだろうか。
私にはそんなもの一番遠かった筈なのに、彼女は私に憧れてくれた。いつか、衿華ちゃんの存在が私の支えになっている事を伝えなきゃ。
「……どうしたの?」
「ううん、なんでも無いよ。おかえり、衿華ちゃん! さぁっ……調査任務に行こっか!」
私達は護衛軍本部を出発し、近くにある目的の大学へと向かった。
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