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4話
「紅葉は相変わらず手が速いわりにそうやっていつも涙なんか流して無駄なことするのね。やっぱりそれだけ強いとなんかしないといけない強迫観念でもあるの?」
後ろを振り返ると黄依ちゃんが居た。多分衿華ちゃんに指示を出してから、こっちに来たのだろう。それを1分掛からずにやれるのは本当に凄い事だと思う。
「いいの、これは私が命の重みを忘れないためにやってる自己満足。それに黄依ちゃん一人でも音速以上出せるし凄く強いと思うよ。私のこれは黄依ちゃんと衿華ちゃんに力を借りた状態で、ただぶちかましただけだからね」
そう、私は初速の時点で音速以上なんて出せない。黄依ちゃんの『速度累加』あっての空気抵抗を無視した加速。衿華ちゃんの『痛覚支配』あっての痛みを顧みない軌道修正。彼女達の特異性があってこその力……だから私は強くいられる。
「そうかしら? でも、あれが出来るのは使った後で動けなくてもいいって考えた時だけだから。やっぱりこの班の主力は安定力のある紅葉が良いわよ。少なくとも衿華や私はそう思ってる」
彼女は肩に手を置き、目をこすり続けている私を心配したのか顔を覗き込んでくる。
「ありがとう。ところでこの後どうするの? まだ本命の研究者がいると思うけど」
「そうね……そっちも大事だと思う。だけど、この『感情生命体』が死ぬまで……いや、『死喰い樹の手」が肉体を回収するまで見届けたい、貴女ならそう言うでしょ? 」
そう、目の前に転がっているのは私が殺した肉塊。その最期の姿を見るのは『私』の役目。
「流石、分かってるね。じゃあ少しだけ隣に居てくれるかな」
「しょうがないわね」
ふっと黄依ちゃんが笑ったのが見えた。笑顔が凄く似合っていた。私よりもずっとずっと。
「紅葉ちゃん! 黄依ちゃん! はぁ……はぁ……速いよ、二人とも! 」
しばらくすると衿華ちゃんがここに来た。
「あっもう倒してる。なら、『感情生命体』を看取るの? 」
「うん、衿華ちゃんも隣に居てくれるかな? 」
すると彼女は頰を赤らめて
「はい」
と声を出して手を繋いできた。
「あれ……この手は……? 」
「えっ……! ? あっ! えっと……その……なんかね、紅葉ちゃんが寂しそうだったから。いつも私達がお世話になってるお返し……かな? 」
えっ天使。なんでいつも私が辛い時に手を差し伸べてくれるの? やばい涙出てきた。語彙力が無くなる。何か言わないと。
「結婚してください」
「ふぇっえええ!?」
「どうしてそうなるのよ……不謹慎って先輩に叱られるわよ! 今すぐやめなさい!」
衿華ちゃんは顔を真っ赤にさせてふらふらさせながら呟く。
「不束者ですが……こんな私でよければ……」
「衿華も続けんなぁっ! 」
「とっ、冗談はさておき……この『感情生命体』……」
「冗談かぁ……」
衿華ちゃん凄く可愛いから、ちょっとばかし残念。
「いや本当は冗談じゃないけど……」
衿華ちゃんは爛々と目を輝かせてこっちを見てくる。
「えっ……? 」
「えっ……うん」
なんとも言えない空気が一瞬流れた。
「……頼むからこの話は後でしてくれない? 」
黄依ちゃんが怖い顔をしたので流石に話を戻す。
「衿華ちゃん、さっき何を言いかけたの? 」
「えっとね、この感情生命体、被害者さんの怪我の与え方を見る限りね、相当なトラウマと負荷を人間の時にかけられたみたいだよ」
肉塊を見てみると、股間部分にあるべきはずのものが千切れているように見えたので、ゾッとして股を抑える。
「男に産まれなくて良かった……」
「うん……所々、紅葉ちゃんに受けた傷とは違う、古傷みたいな模様もあるしね……」
突然、音も立たず物凄い速さで周囲に赤黒い腕のようなものが何本も現れた。
「来たわね、お迎えが」
「『死喰い樹の手』……」
「相変わらず、突然だね」
そして、それは肉塊の全体を複数の腕で覆いながら掴む。
「いつ見ても、恐ろしい光景ね」
「でも、これが人間と『感情生命体』だけに訪れる、動物にとっての死ぬと同じような事なんだよね」
「えぇ……そうね、200年前、『自死欲の感情生命体』が発生してから私達に生物的な死は訪れない。訪れるのは死喰いの樹の葉に拘束されて、吊るされるという生き地獄」
黄依ちゃんは東の方、つまりあの地平線を覆うほど巨大な樹の方をじっと見つめる。そう、あの樹こそ『死喰いの樹』。死に瀕した人間や『感情生命体』を回収し続けて、死にたいという欲望『自死欲』を栄養とし成長するこの地球に住み着いて地球の90%を喰い尽くした死神の樹。
「君の尊厳を守る方法がこれしか無くてごめんね」
最後に連れて行かれそうになっている肉塊に私はそっと呟く。
「これから君にひどい事した研究者を捕まえに行くから」
肉塊が『死喰い樹』の手に引き剥がされて、見たことのない少年の顔が出てくる。安らいで眠っているように穏やかな顔だった。
「安心して眠って。私が全部背負うから」
私はただずっと祈るように事の顛末を見届ける事しか出来なかった。
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