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1(船で世界一周したい!)
年末年始、私は山口県防府市に帰省している。
遅く起きた朝、実家の居間のコタツで伸ばした両足を温めながら、私はスマホばかり触るが、母は習慣でテレビを点けた。
コタツで丸くなる私のために蜜柑を運んでくれるのは良いが、母は余計な科白も付ける。
「夏帆ちゃん、いつ結婚するの?」
本当、辞めて欲しい。
「私、もう33だよ。男に相手されない」
「そんなことないでしょ、夏帆ちゃん可愛いもん」
私は大きな溜息を吐く。
婚活パーティーで何度も屈辱を味わったことをいくら説明しても、母は分かってくれない。
女は男の年収の数字を気にする。
男は女の年齢の数字を気にする。
私は普段テレビを視ない。今住んでいる福岡のアパートにもテレビは無い。
わざわざ50インチ以上の大画面テレビを購入し、自分達のベビーシッターを附ける両親を今では軽蔑しか出来ない。
ところが、正月で報道も停滞し、株式市場もやっていない三箇日、つまらないスマホに飽き飽きした私は幼少以来、久々にテレビに釘付けになった。
海外渡航する船員達に密着取材する番組を視たのだ。
日本で製造した高機能自動車やバイクが海外に輸出される様子を映している。やはり自動車会社がスポンサーで、大半の日本人視聴者が買えない数百万円台の車のCMが流れていた。
車のCMを見ると、口も利きたくない父を連想する。
父がゴルフショップに行ってキャディバッグを選んでいたら、店員に言われた。
「小林さんの車でしたら、こちらの小さいサイズの方が良いですよ」
燃費重視のコンパクトカーに乗る父は悔しくて、一人娘の私に頼んだ。
「親孝行でSUVを買え」
父は定年まで防府の自動車工場で働いていたが、住宅ローンの返済と趣味のゴルフや友達付き合いで5000万円あった退職金を使い切り、今は嘱託社員として期間工より安い賃金で車の製造に携わっている。
父は私が金を持っていると知っているから、いつも私に金や物をせびる。
正直、父には早く死んで欲しい。
高度経済成長期やバブル経済を体験した世代の親を持つと、親が好景気ボケであることを嫌でも痛感する。
家電は日本ですっかり作られなくなったが、自動車だけは今でも日本に製造拠点が残る。
ペルシャ絨毯を織り上げるのは10代の貧困少女なんて話を聞いたことあるが、日本人も自分達の賃金では今やとても買えないSUVやスポーツカーを輸出しているから状況はあまり変わらない。車は昔より高くなったと云うが、バブル景気に沸いた90年代初頭の日本より、世界は2倍近く一人当たりのGDPを伸ばした。恵まれない子供のために募金を訴える広告を見せられ、日本は裕福な国とすっかり誤解した日本人労働者達は、今日も安い給与とバカ高い税金を納めるために働いている。
私はそれが嫌で、父の居た自動車会社を辞めて株式トレーダーになった。
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