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3「33歳のかぐや姫」
ネオ・プリンセス号は博多港を出発し、広島港へ向かう。広島に着く頃には明日の朝だ。
ビュッフェで夕食を済ませた私は、屋上の展望デッキに登り、船尾へ向かう。
航跡を視たかった。
船尾の鉄柵まで辿り着く。
日没し、暗くなった空と海。常に波を畝り躍らせる漆黒の海は、風に揺れるカーテン。疾走する豪華客船の艫から、暗黒の海に飛行機雲の如き白濁の航跡が残されていく。私の背後に聳える煙突から吐き出される黒い煙幕が、航跡に沿って頭上を漂って行く。そこへ、私から見て左側の天空で輝いていた丸い月が真っ直ぐに光芒を振るうと、薄い船の排気など簡単に掻き消し、海上に月光を反射させる。航跡と十字を形作るように光の軌道が交差する。波と光の十字架が絶えず海で揺らめいている。
感じる、『永遠』を。
「かぐや姫みたいですね」
男の低い声が聴こえた右に振り向く。美青年が一人立っている。身長180㎝の彼。男の子の黒い瞳がはっきり私に言っている。
「可愛いですね」
贅肉の無い細面、女の子のように白い肌、髭の生えていない童顔。髪は黒く、長さは普通より少し短めで清潔感がある。何より若い。絶対に30代は行ってない。
イケメンじゃん。
暗いから服の種類や生地の素材は判別し難い。トップスは灰の長袖シャツに厚い生地の紺か黒のジャケットを羽織る。ボトムスは黒、恐らくチノパンだがジーンズかもしれない。靴は、紐は白で本体が黒のスニーカー。服のセンスは悪くない。
「女性が夜お一人だと危ないですよ」
言葉とは裏腹に下心丸見えの男の子はそう言うと、私の2m右の鉄柵に両腕を乗せて、航跡と月光の十字架を眺める。
普段の私なら道で男に声を掛けられればとっとと退散するが、旅行という非日常のせいか、この男の子とお話したくなった。
揺れる十字架を見つめつつ、私は返した。
「かぐや姫だから?」
男の子は鼻で笑うと、あどけない笑顔を浮かべつつ私を見て、
「もう、いっぱい色んな男に声掛けられたんじゃないですか」
ビュッフェで一人御飯を食べていた時、日本人からも外国人からも声を掛けられなかった私だが、
「ええ。かぐや姫だからね」
「やっぱり、モテるんだ」
彼は私を良い女だと確認する。
「彼氏さんと来ているんですか?」
首を横に振る。
「女友達と?」
首を横に振る。
「ご家族や兄弟と?」
可愛らしい男の子の爽やかな童顔を目でなでながら、
「1人」
イケメンじゃなかったら、男と来ていると嘘を吐いた。
「えっ、大丈夫ですか?」
「いけない?」
「いいえ……凄いなぁ」
「貴方は誰と?」
「僕も一人です」
「そうなの? お金は?」
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