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7「転がす金、転がされる愛」
ネオ・プリンセス号はロシアの不凍港ウラジオストクに向かう。
観光地での食べ過ぎが気になったので、午前は船内のジムに行き、大翔と身体を動かした。
午後は海が見える私の部屋に大翔を招待した。
椅子に座った向かい側に海が見えるように、部屋の机と椅子を配置する。
大翔はノートパソコンや法学部の資料、船の図書館で借りてきた本を机の上に置き、4年生になった時に提出する卒業論文の製作に取り掛かっている。
私は大翔の左に寄り添い、彼の肩に頭を乗せてスマホを見る。時々、大翔がこちらを見てきて、私のやるモノがSNSやゲームでないことに気付いて、
「何してるんですか?」
ノートパソコンのファイルに文章を打ち込みながら訊いた。
「株取引」
「デイトレードですか?」
「スイングトレード」
「何ですか、それ?」
「安い日に株を買って、高くなった日に売る」
「儲かるんですか?」
「茨城の水族館で魚見ている時に買った株を売って、30万円稼いだ」
大翔はキーボードを叩くのを止めて、私の顔を見る。
「えっ!?」
大翔はしばらく黙した後、
「真面目に働くのがバカらしくなりますね……」
これから社会に出る大翔に教えなければならない。
「大翔、働くことと稼ぐことは違うよ」
「そうですけど……」
「不満?」
「いや……なんか真面目に働いている人が可哀想で」
「大翔、会社で一番偉いのは誰だと思う?」
「社長でしょ」
首を横に振ると、私の髪が大翔の肩を擦った。
「株主」
「なるほど……」
「シャンパンタワーやったことある?」
「店で見たことあります」
「一番上のグラスに真っ先に多くのお酒が入る。漏れた分が下部のグラスに注がれていく。世の中もお金も、そう出来ているの」
大翔は再びパソコンの方を向き、論文を書き始める。スマホを見ながら彼に語り続ける。
「株は雪だるま。転がせば転がすほど大きくなる。最初は20万円しか持ってなかったから転がしてもあまり大きくならなかった。でもコツコツ続けていると、100万円動かせるようになって、200万円動かせるようになって、1000万円動かす頃には転がしているだけで数万円、数十万円と稼げるようになる」
大翔がキーボードから両手を離し、私の肩や髪の毛をなで始める。私は構わず、喋り続ける。
「大翔、お金を知りなさい。そうすれば、今の私みたいに旅行しながらでもお金を稼げるから」
すると、突然大翔は私の身体を強い力で持ち上げた。
「きゃっ!?」
大翔は私の身体をベッドの上に仰向けに寝かせると、覆い被さるように私の上に乗り掛かる。20㎝も無い、互いの顔の距離。大翔が野獣のように私の目を凝視する。
「えっ……何?」
「恋人も転がせば転がすほど、愛が大きくなるのかな?」
面白いな、こいつ。
見つめ合う。
本当に時間が止まったよう。
大翔が唇を真上から下ろしてくる。私は瞼を閉じた。大翔の熱い両手が私の両手を優しく握る。
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