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「どうして? 大事なものじゃないの?」
わざわざ母国から持ってきているのだ。
これが大事なものでない訳がない。
「いいんだ。きみにあげる。ぼくは国に帰ればもっとあるから」
「そんなに持ってるの?」
「………知り合いにオルゴール職人がいてね、よくもらうんだ」
「本当にもらってもいいの?」
「どうぞ」
「……ありがとう」
渡すと、彼女は胸の前でギュッと大事そうに抱いた。
「……実はね、わたしが欲しかったのも本当なんだけれど、もう一つ理由があるの」
ずっと欲しかったもの。
自分の手に抱きしめて使いたかった。
でも、レムはそうはしないと決めている。
手に入ったら──
「……兄にあげるの」
小さな木箱の蓋を開け、緩やかに流れ出す音楽に耳を傾けながら小さく笑う。
「お兄さん?」
「ええ。兄っていっても、双子なんだけどね」
「お兄さんが欲しいって言ったの?」
「それもあるけど……兄はね、昔から身体が弱くて、あまり動いたり出来ないの。あ、違う、激しく動いたりはしないってことよ。だから、部屋から出ても、家からはあまり出ないし、わたしと外へ出ることもないの」
外から帰ると、真っ先に兄にその日あった出来事を話すのが日課となっている。
兄は、ときおり淋しげな笑みを浮かべながらも、楽しそうに妹の話を聞いていた。
そんな兄に、欲しい物があるかを聞かれたとき、オルゴールの話をした。
初めてその話を人にしたのが兄だった。
秘密の共有者。
マリンが二人目。
オルゴールの話をしたとき、音楽が好きな兄は、
「いいなあ。……僕も、音色を聴いてみたい」
と呟いた。
その声が耳に届いたとき、もし手に入ったら彼にあげようと決めた。
昔から何でも我慢してきた兄に。
我慢しなくていいと伝わるように。
「……だから、わたしはこの音色を聴けただけで充分。もう満足したから、あの子にプレゼントするの」
揺れることのない瞳は、真っ直ぐに前を向いていた。
それを眩しそうに見つめたマリンは、黙って立ち上がる。
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