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とある冬の日の昼下がり。
共同で開催したイベントに関することで、集まって話し合いをしていた。
私は相変わらず議長を押し付けられた。
会議は既に終わったので、会議室に残っているのは京王と私だけ。
小田原が少し用事を済ませている間、ここで待っているのだという。
隈がうっすらと浮かんでいたので、少しだけでも寝ているように言った。
小田原は中々帰ってこない。おかけですやすやと寝息が聞こえてきている。
(こいつ、本当に何も警戒してないんだな)
正直、大人しく眠るとは思っていなかった。
私の存在を気にしないほどに疲れていたのだろう。
そういえば、冬になるといつもこうだ。
今日は出席しているが、1月に集まりがあると、大体相模原か井の頭が来る。下旬辺りから顔を出すようになるが、まだ体調は良くなさそうだったような。
寒いのが苦手なのか⋯⋯そうだ、毛布でもかけてやろう。
会議室の隣には、小さな談話室のような場所がある。そのソファの上には、ちょうど寒かった日に出しておいた毛布があった。
それを取って再び会議室のドアを開ける。
すると、異変に気付いた。
「⋯⋯京王?」
眠っているように見えるが、息苦しそうだ。
慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫か」
酷くうなされている。早く起こさないとと思った。
「けいお⋯⋯」
机に毛布を置き、肩に触れた瞬間、体が大きく震えた。
目が合ったと思った直後、乾いた音が響き渡った。
「⋯⋯!」
右手に感じるヒリヒリとした痛み。
未だ呼吸は苦しそうにしながら、京王はハッとしたように顔を上げた。
「あ⋯⋯」
呆然としながら、目線を下にそらす。
「ごめん」
漏れ出るようなか細い声。力が入っていなかった。
「そ、んな⋯⋯つもりじゃ」
目には涙が浮かんでいる。
「ごめん⋯⋯」
大粒の雫となってこぼれ落ちていく。
「驚かせたな、悪かった」
毛布を掴むと、触れないように慎重に羽織らせる。
「⋯⋯」
場は重苦しい沈黙に包まれる。何を言うこともなく、ただ時計の音が聞こえる。
不思議とあの時のことは今でも鮮明に再生できる。
初めて、はっきりと拒絶された。
⋯⋯きっと悪い夢を見ていたんだ。消し去れないような嫌な記憶を。
「あいつ遅いなー」
平静を装いながら、部屋をうろちょろ歩き回る。
「まだ休んでろよ」
声をかけると、こくりと頷いた。
「お待たせ」
程なくして、小田原は戻ってきた。
「やっと終わったのか」
「なんでそんな離れたとこにいんのよ」
「何となく⋯⋯」
近づきにくかっただけだ。
「⋯⋯寝てんの?」
小田原は、キョトンとした顔で尋ねてきた。
「ああ。眠そうだったし寝かしといた」
「⋯⋯そう」
小田原は京王の傍によると、隣の椅子を引いて腰掛けた。
「何座ってんだ」
「あんたはやっと眠れたやつを起こすのか」
ぽんぽんと頭を撫でながら、まるで私が非道な人かといいたいような視線を向ける。
「鍵閉めないとだから私も残んなきゃいけないんだよ」
「こいつの睡眠に比べたら大したことじゃないわ」
「あんだと」
「いいから寝かしとけ。ったく、私が寝ろって言っても聞かないくせに」
対抗心を燃やされても困る。んなこと知らん。
「なあ、そいつ、寒いと眠れないのか?」
興味本位で聞いてみた。
小田原が少し考えるような素振りをしたのも、気に留まることはなかった。
「そうね、こいつ本当寒がりだから」
クスクスと笑っている小田原は、こちらに顔を向けると、ふと何かに気づいたように視線を一点に集中させた。
「あ」
慌てて隠す。が、遅いに決まっている。
「何かしたの?」
「ど⋯⋯どっかぶつけたんだろ⋯⋯」
「へえ」
ああしまった、隠さなければよかった。やり過ごせたかもしれないのに。
小田原は京王の左手首をそっと掴んだ。
「⋯⋯」
沈黙。
「⋯⋯まあー、なんというか」
「⋯⋯」
「災難だったわね」
「別に⋯⋯」
穏やかな日々のせいで忘れかけていた。私は自ら恨みを買った。
その清算が済むことはないかもしれないと、そういったのは自分だった。
「でもま、そんな気にしないでいいわよ、仕方なかったんだから。こいつだってそれくらいわかってるでしょ」
「⋯⋯は?」
意外な言葉に、思わず目を見開く。
「何よ」
「だ、だってさ⋯⋯」
仕方がなかった。それで片付けられることなのか。
「あんたのこと今でも嫌いだしムカつくけど、それでも結局は人間がやったことでしょ。嫌いだしムカつくけど」
「二度も言わんでいい」
つくづく腹の立つ奴だ。
「おだわら⋯⋯」
もぞもぞと動きながら、京王が体を起こした。
「おはよ」
「⋯⋯」
誰だお前はと言いたいほど声音が違う。誰だお前。
「少し休めた?」
「⋯⋯」
「⋯⋯っわ」
京王は答えず、代わりに飛びついた。
「ちょ、京王、どうしたの」
小田原が慌てているのは珍しいので、よーく目に焼き付けてやる。
それにしても、やっと起きたと思えばこれだ。
「まだ居残るつもりか」
「しょうがないでしょ」
「甘やかすな、もっと駄目になるぞ」
「まだ駄目じゃない馬鹿者」
「いやもう駄目だろ」
「⋯⋯はあー」
仕方ないという風にため息をついた。
「ほら起きなさい、帰るわよ」
ぽんぽんと背中を軽く叩くと、京王は体を起こす。
「高尾が心配するでしょ」
「⋯⋯ん」
それで釣れるとは、扱いやすいことこの上ない。
小田原は手を差し出し、首を傾げた。京王が首を横に振ると、頷いて手を下げる。
ジェスチャーの意図など読み取れるはずもなく、ただ目をぱちくりさせていた。
すると、京王は駆け寄ってきて毛布を渡してきた。
「ありがとう」
「ど、どういたしまして⋯⋯」
ボールをキャッチした犬のように、すぐに小田原の元まで戻っていく。
「んじゃ帰りましょ」
差し出された手を躊躇いもなく取る。
「やけに大人しいな」
「寝ぼけてるだけよ」
「⋯⋯」
二人は部屋を後にする。
ぽつんと取り残された。返された毛布を部屋に戻しにいく。
(次会う時、何と言えばいいのだろうか)
気にしないことこそ、あいつにとっては楽かもしれない。とはいっても、なあ。
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