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動けずにいる僕を見たのか、由紀はフルートを唇から離して「小学校のとき」と呟いた。
「凪、私がお姉ちゃんのことで泣いていたとき、歌を歌ってくれたでしょ」
僕は予期しないエピソードを言われ、そのときのことを思い出して一気にほてった。小学二年生のとき、姉と才能を比べられた由紀に、僕は当時好きだったアニメ映画の歌を歌った。もう僕にとっては遠い昔のことで、忘れたい過去だった。
「あの日から、私は私の音楽をしようって決めた。大切な人に伝えられるような音楽を。そのためには、このフルートと一緒に、吹部のみんなと一緒に、音の遥か向こうに行かなきゃだめだって気付いたの」
まるで、気に入らないからと言って捨てた自分の描いた絵を褒められたような気持ちだった。
「音が混じり合って、一つになって遠くへ届くとき、何よりも、音の遥か向こう側に行けた気がして嬉しくなるの。私は独りじゃないって、そう思えるの」
その声には、優しさと厳しさが両立した、強い意志がこもっていた。
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