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海の見える部屋
幼いころ、家族旅行で訪れた初めての海外の地は、日本の南方・マリアナ諸島に浮かぶ島「サイパン」だった。
大きなショッピングモールもテーマパークもなかったが、絵葉書のように青く澄んだ海と、豊かな自然に囲まれて過ごした数日間は、子ども心にも異国での非日常感に胸が踊った、貴重な体験であった。
宿泊したビーチ沿いのホテルの部屋は、寝室とリビングのあるジュニア・スイートの造りで、いわゆるオーシャンビューの部屋だった。家族そろっての初めての海外旅行に、両親も思い切って奮発したのかもしれない。
リビングの壁一面が大きな窓になっており、そこからパノラマに広がる海を眺めることができた。窓のそばに置かれていたソファは、ベッドにもなる仕様になっていて、更に寝室にはダブルベッドが二台あった。
私と三歳上の姉はどちらが母とベッドで寝て、どちらが海の見えるソファベッドで寝るかで喧嘩になった(いびきがうるさい上にお酒臭い父親と寝るという発想は、毛頭なかった)。
結局じゃんけんで負けて、私は姉にソファベッドを奪われた。あれは姉の後出しだったと、今でも信じている。
翌朝目覚めると、海が見えるベッドを独占してごきげんかと思っていた姉が、神妙な顔で私に言った。
「今夜は、あんたがあのベッドで寝ていいよ」
てっきりその夜も「じゃんけんで決めよう」と言い出すと思っていたのにあっさり譲ってくれるとは、姉にしては珍しいなと思いつつ、素直に喜んだ。
その日もたっぷり海で遊んでいざ夜になり、「海から昇る朝日で目覚めるの」などと言っていた前夜の姉と同じように、カーテンを引かずに眠った。
その夜は、何故か何度か夜中に目が覚めてしまった。灯りが落とされた部屋から望む夜の海は、深すぎるほどの墨色に染まり、独りのベッドがとてつもなく心細く感じられた。そして何度目かに目を開いたとき、まだ暗い窓の外に灰色の影が揺らめくのを視線の端に捉えた私は、その正体を確かめようと体を起こした。
窓の向こうに、同じ帽子を被り揃いの服を着た沢山の男たちの上半身だけが、ずらりと並んで暗闇に浮かんでいた。
あり得ない光景に声にならない悲鳴を上げて、私は両親の眠る寝室へと駆け込み叫んだ。
「窓の外に誰かいる!」
そんなわけがあるかと両親は笑い飛ばした。何しろその部屋は三階だったし、両親ともう一度確認したところ、窓の向こうには月も星もない夜の真っ黒な海と空が静かに広がっているだけだった。
「でも、本当にいたんだもん」
納得のいかなかった私は、目撃した男たちについて詳しく説明をした。どんな帽子を被っていたのか、どんな服を着ていたのか。黙って聞いていた父親が、最後にぽつりと窓の外を見つめてつぶやいた。
「……あっちの方向には、あの崖があるからなぁ。そういうこともあるかもしれないなぁ」
と ──。
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