画面の向こうがわ

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「じゃあね、おにいさん帰るね。みんなも、雨降ってるから気をつけて帰るんだよ」 「はーい」 「ゆうやさん、また来てくださいね!」 「待ってます!」 猛烈なラブコールが兄に送られているところを、至近距離で目撃するのにも慣れてきてしまった。最初は、なんだか誇らしくて、自慢したいと思うこともあったけれど、いまは何も感じないし、むしろふつうに過ごせないことがこんなにも不便なんだと、人気でいるのも大変なんだなと悟った。 「…ねぇ、ゆうくん」 「ん〜?」 「朔田こうきって、ひかるの親戚?」 「…は?」 兄の車の助手席に乗り、車が動き出して数分経ったころ、わたしはぼそっと呟くように問うた。 すると、驚いたらしい兄がわたしの方を見る。運転してるのに、よそ見はしちゃダメです。 「ゆうくんは、知ってる? いま、ひかるがなにをしているのか」 「…」 「なんかねぇ、クラスの女子が、ひかるに似たひとのコスプレ写真見て盛り上がってたんだ」 「…あさひは、まだ、ひかるのこと…すき、なのか?」 「この世に存在してるならね…」 「生きてるよ、ちゃんと。そっか、そんなに忘れられなかったか…こんなに素敵なおにいさんがいるのに、それ以上にすきなんだ…」 「このシスコン変態兄貴。でも、たしかにゆうくんのせいで、クラスの男子とか、学校の先輩とか、魅力を感じたことないよ」 「ちょっと気になったけど、うれしかったからいいや。ひかるのことは、家に帰ってから話そう」 それからの会話は少なく、フロントガラスや車を打つ雨の音と、カーステレオから流れるラジオは知らないDJがよくわからない曲について話す声が響いていた。 家に帰ってから、リビングで飲み物を飲みながら兄が知っているということはすべて教えてくれた。高校が別々になっても、たまに連絡して遊んだりしていたらしい。会ってたなんて、わたしは知らなかったから、羨ましかった。 ひかるは高校を卒業して、大学に進学したあと、演劇部に入った。そこの演劇部は、文化祭での披露以外にも、定期公演が複数回あって、その公演を重ねるたびに、演劇の世界に興味をもった。 成人式で、兄がひかるとまた会ったとき、芸能事務所からスカウトされたこと、本格的に演劇の道へ進もうと考えていること、両親に相談したら、大学を卒業することが絶対条件で認めると言われたことなどを話してくれたらしい。 「…まぁ、そんなところだな。地道に小さい役をコツコツとこなして、経験積んで、ようやくここまできたんじゃないか? なんだっけ、漫画だかゲームだかが元の舞台?」 「そうなんだ…」 「なんだよ、暗い顔して。せっかくおれが知ってることは話してあげたのに」 「…だって、わたしの知らないひかるが、わたしの知らない女に愛想振りまいて、お金もらってるって思うと、なんか、許せなくて」 「そんな言い方…少なくとも、アイドルじゃないんだから」 「同じだもん! だって、あの子たちの目、いくらコスプレのもとの人物がすきだって言っても、女の目、してた」 ひかるのこと見て、欲情して、ひかるを相手に妄想して。夜は自分を慰める材料に使う? そんなこと考えただけでイヤだ。 「……ほら、そういうよからぬこと、いろいろ考えるだろ。役者とはいえ、ひかるもおれには劣るけど、顔がいいからさ、どうしてもそういう目で見られて、そういう売り込み方をされるのは避けられない。売り込むには彼女なんかいたらできるわけもない。あさひにイヤな思いさせたくなかったから、黙ってたっていうのもあるんだ」 こればかりは、兄の配慮に感謝すべきかもしれない。けれど、このままずっと知らずに生きていくのも、わたしはイヤだ。 ふたつにひとつ。片方のために、片方を諦めるしかない。それなら、答えは決まってる。 「…わたし、ひかるとの過去は捨て…いや、捨てるのはもったいないから封印して、ひかるのファンとしてしばらくいたい」 「…いいのか? 欲張りにならないって、約束できる?」 兄からの質問に、わたしは首を縦に振った。 こうして、朔田こうきのファンとしてのわたしの生活が始まった。
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