兄の友人

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兄の友人

わたしが小学校に入学したばかりの、春。 中学生になった兄は、部活に忙しい日々を送りながらも、新しくできた友人をたくさん家に連れてきた。 正直、中学生なんて、小学1年のわたしには異次元の存在。兄のことをオトナのように感じたことは今まで一度もなかったけれど、兄の友人は、なんだか大人びて見えた。 なかでも、兄ともっとも親しかった、彼が群を抜いて年相応ではない雰囲気のあるタイプだった。 「お邪魔しまーす」 「ひかる!」 ガチャリとドアを開けて入ってきた、ひかる。 ひかるは、ほんとうに、オトナみたい。 「おお、あさひちゃん。今日も元気だね」 「うん、すっごく元気!」 わたしを見る兄の友人、ひかるは、まるで幼児をあやすようだった。実際、園児を終えたばかりなのだから、仕方ないかもしれないけれど。 「あのねえ、ゆうくん、まだ帰ってきてないよ」 「うん、知ってる。あいつ、今日は居残りさせられてるから」 「いのこり?」 「うーんとね、宿題やるの忘れたから、勉強する量を増やされたってことかな?」 「ふーん。ゆうくんは、あたま悪いの?」 「そんなことないよ。忘れっぽいから、気の毒には思うけど」 しばらく玄関で話し込んでいたけれど、彼は靴を脱ぎだした。 「ごめん、ゆうやの部屋で待たせてもらうね」 「うん、いいよ。今日は、ひかるだけしかいないの?」 「そうだよ。みんな、用事があって遊べないんだ」 「ひかる、さみしい?」 「え?」 「あさひと、遊んでって言ったら、遊んでくれる?」 わたしの言葉に一瞬固まった彼は、気まずそうに口を開いた。 「遊んであげたいところだけど、あさひちゃんはまだ子どもだからダメ。もう少し、大人になったら遊ぼうね」 「ふーん、そっか。わかった。ばいばい」 彼に言われたことがショックで、拗ねているのがわかることをすぐ口にしてしまったから、彼がどんな気持ちでわたしにこんなことを言ったのか、それは今になってもわからないままだ。 それからしばらくして、兄が帰ってくる。 「ただいまっ」 「ゆうくん、おかえり。あのねえ、ひかるが、ゆうくんのおへやにいるって」 「そうか。あさひ、宿題はちゃんとやれよ」 「ゆうくんとはちがうから、もうやったよ〜」 「…我が妹ながら、なんと頼もしい」 わたしを抱きしめ、頭を撫でると、兄はそそくさと自分の部屋に行ってしまった。 みんながいると、リビングでゲームをしていて、わたしもその光景を見ていたけれど、今日はそうはならなさそうだ。なにをしているのか、気にはなるけれど、兄の部屋はとても散らかっていて、近づくことすらイヤだったからやめた。 母が作り置きしてくれたおやつを、テレビを見ながら食べていれば、そのうち気にならなくなり、そうした頃にガタガタと物音が聞こえてくる。 「ひかる、帰るの?」 「うん。またね、あさひちゃん」 「ばいばい」 玄関に出て帰り支度をする彼を見送ると、わたしの頭の上にポンと手を置いて、すぐに出て行ってしまった。 それから、わたしはひかると家の中で会うことはなかった。
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