画面の向こうがわ

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画面の向こうがわ

兄の友人というだけの存在だった彼は、もはや幻だったのかもしれない。兄が遊びに行く方にシフト変更したせいで家に遊びに来ることがほぼなくなり、来ていたとしてもわたしとすれ違うこともなかった。おまけに、兄と別の高校に進学した彼とは、疎遠状態になってしまった。兄は連絡くらいは取り合っているかもしれないが、わたしは知らないから無意味。 オトナになったら遊んであげるって言ったくせに、ほんとうのオトナになったら置いていった。やっぱり彼はわたしの夢の中の住人なんだ。 華のJKになったのに、ちっとも楽しくなんかない。 どこか陰鬱とした思いを抱えながら、日々の生活を送っていたわたしだったけれど、そう、それは、じめっとした梅雨の日のこと。 お昼休み、いわゆるオタクっぽい子たちが、教室の隅で静かに騒いでいた。お互いにそれぞれのスマホを見ながら悶えているようす。 「…ちょっと、この、ビジュアルは…反則かな?」 「まさかの、クオリティ…また、推しが増えそう……」 「…なに、見てるの?」 思わず気になって、彼女たちの近くに行くと、尋常じゃないくらいに肩をビクッと震わせて、立ち上がった。 「…あ、天野さん…! なにかご用で…」 「…え、いや、なにを見て盛り上がっているのかなーって、ちょっと、気になって…」 「天野さんも、ご興味が?! これです」 そう言って、ひとりの女子がわたしにスマホを差し出した。それを受け取って、画面に映るものを見る。 カラコンをして、明らかにウィッグを被り、ゴージャスな衣装に身を包んでいる。これは…世に言うコスプレってやつ? 「えっと…これは…」 「静止画は申し分ないクオリティですよね! よくここまで再現できたなと…宣材写真からは、予想もつかなかったものですから」 そう言って、今度はこのコスプレする前の写真を見せてくれた。その写真を見て、愕然とする。だって、これ、このひと、ぜったい見たことあるもん。 「朔田こうきさん、まだ知名度は低いですけど、有名になること間違いないでしょうね…! 観に行くのが楽しみです」 わたしの感情を置いてけぼりに、彼女たちの会話はどんどん進んでいく。 朔田こうきって、だれ? 知名度は低い? 見に行くのが楽しみって、ただのコスプレ写真をSNSとかでアップしただけじゃないの? わけがわからないまま、昼休みも、その日の授業も終わってしまった。 放課後、わたしは珍しく校門まで迎えに来る暇人の兄のもとへ向かう足取りが軽かった。 相変わらず、JKの人気の的になってる。雨が降ってるというのに、なんて甲斐甲斐しいんだろう。そろそろわたし、恨まれそうだし、学校に文句言われそう。 「…ゆうくん!」 「あさひ、おかえり〜」 微笑む兄に、何人かのJKが堕ちたようす。もともと優しいひとだったけれど、中学生の頃の兄は、まだ幼くて、オトナっぽい雰囲気なんてまるでなかったのに。時間の経過ってすごいなぁ。JKにすら、これだけ注目を浴びてしまうくらいだから、同級生や先輩にももちろんモテるわけで、こんなひとが身近にいれば、わたしも肥えて、そのへんの男子には惹かれないはずだ。…あ、彼は別だな、どうせ夢の中の人だし。
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