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ファンの代償
ひかるのファンとしていたいのなら、と、兄から提案された約束事。
できるだけ、ひかる本人及び彼に関するSNSは見ない。見ても、そのリアクションをSNSに投稿しない。
穏便に済ませられる余裕がないなら、ほかのファンとの交流は避ける。話したいことがあれば、ゆうくんに言う。
目立つ行動はしない。ひかるには、ファンとして追っかけていることに気がつかれないようにする。
なにより、楽しい気持ちを忘れてつらくなったら、すぐやめる。
ほかにも細かいことをたくさん言われたけれど、大きくはこの4つ。これだけは、ぜったいに守ろうと思った。
きっと、大丈夫。だって、ひかるをこの目で確かめることができなくなって、10年近く経ったんだから。今までだって、ずっとわたしの片思いだった。夢の中で見るだけだった彼が実在して、また肉眼で見られる、それだけでも、十分しあわせなことなんだ。
あれから、オタクの子たちは、わたしに話しかけることはなかった。教えてほしいこともあるけど、推しが増えそうとか言ってた。それって、ファンになりそう、ていうかもう、堕ちたんだよね。だから、仲間じゃなくて敵なんだ。ファンなら、すきって気持ちを共有しないといけないけど、純粋なファンじゃないわたしは、やっぱり余裕なんてなかったので、他人との交流を諦める方向で動くことにした。話しかけてこないのも都合がいい。
「…ねぇ、あさひ」
「ん〜」
お昼休み、食堂で食べる友人についていって食べ(わたしは持参のお弁当)、食後に鏡を見ながら化粧直しをしていると、向かいに座る友人が拝んでくる。
「一生のお願い」
「え〜、やだよ〜」
「まだなにも言ってないじゃん!」
「これまでの経験上、猫なで声でわたしに一生のお願いって頼んでくる女子は、ゆうくんに会わせてとか、紹介してとか、付き合いたいとか、だいたいゆうくん関係のことなんだもん」
「うっ…さすがに察しがいい。でも、ちょっと違うんだよ〜」
「ゆうくんのお友達も巻き添えに、コンパを開いてほしいっていうのもあったなぁ。それはもっと面倒だからイヤ」
「あさひ、エスパー能力でもあるの…?」
「わかりやすいだけ」
「うぅ…だって、あんなにかっこいいおにいさん、ひとりじめしてるくせに、お友達の紹介もしてくれないなんて、ひどいよ〜」
「ゆうくんがかっこいいのは認めるけど、ゆうくんのお友達は、大したことないよ?」
類は友を呼ぶとはよく言うけれど、兄の友人の顔面偏差値は低いかもしれない。これも肥えた目になってしまったからなのかな?
「もう、あさひの贅沢ものー! いいよ、べつにそこまでのハイスペ男子なんて求めてないもん…会えるだけでもいいから…」
「…報酬は?」
「わーい! そうこなくっちゃ!」
どうやら、嘘泣きにほだされてしまったらしい。悔しい。仕方ないので、兄にの友人…に、高校生の弟がいたら、そのひとを紹介してほしいと頼んだ。このご時世、未成年問題には敏感だからね。万が一があって、関係者だと思われるのはごめんだもん。
「はい、わたしはちゃんと頼んだからね。もし、これでお断りされても、わたしのせいじゃないからね」
「うんうん。ありがとう、文句言わない! 一生のお願いきいてくれて本当ありがとう」
本当…わかってくれてるのかな?
わたしは、いま、自分のことでいっぱいいっぱいなんだから、余計な面倒には巻き込まないでほしい。
「…そういえば、きいたことなかったけど、あさひって、彼氏いないの?」
「うん」
「すきなひとは?」
「…いない、かな」
下手に解釈されると困るし、ひかるのことは伏せておこう。困ったら、奥の手を使う。
「えぇ、なんで? ゆうやさんがいるから、いなくても不満じゃない的な?」
「まぁ、そんな感じ」
奥の手、早くも出すことになってしまった。本当、人気の兄という存在は、わたしにメリットもデメリットもあるな。いなくても困らないという存在じゃないだけ、関係としてはマシなんだろうけど。
「そっかぁ。おにいさんのためだけに、かわいくしていられるって、すごい」
「ん? いま、軽くディスったよね」
「そんなことないよ〜」
そうして、昼休みが終了し、午後の授業も集中することに決めた。
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