ファンの代償

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たぶん、舞台の終盤?にさしかかったころ、周囲に座っているひとたちがぐすんぐすん。鼻をすするような音がちらほら。えっ、そんなに泣ける場面があったかな? ていうか、わたしもうダメだ、長時間イスに座っているのには授業とかで慣れてると思ってたけど、おしりが痛い。内容より、痛みが気になって集中できない。 無心になることを考えて(矛盾してるけど)、なんとかやり過ごしていると、ひときわ大きな拍手が会場を包んだ。どうやら、終わったみたい。出演者がひとりずつ出てきて、横一例に並んで、全員が揃うと観客席に向かってお辞儀をする。あ、これは知ってる。カーテンコールってやつだ。一度出演者がいなくなったけれど、鳴りやまない拍手にもう一度出てきてお辞儀。本日は、ご観劇いただき、ありがとうございました、とセンターにいるひと…座長ってやつだったかな?そのひとがお礼を言うと、さらに大きな拍手喝采が。それからわりとすぐに舞台からひとがいなくなって、観客席の照明がついた。 終わった、のかな? もじもじそわそわしている隣のわたしを不審に思ったのか、兄が声をかけてくる。 「どうした? 大丈夫?」 「う、ちょっとダメかも…おしり痛くて」 「そうだったのか…けど、せっかくアフタートークのある日に来られたんだから、もう少しだけ我慢しよう?」 「…アフタートーク?」 なんだっけ、それ? 「あれ、知らなかったのか? 今日は、終演後にひか…じゃなくて、朔田こうきとあとふたりとする雑談会があるんだよ」 「…えっ」 チケットを買う手続きを進めてくれたのは、兄だ。それでも、わたしはその画面を隣で見ていたのに、そこまで注視してなかった。 そんなものまであるんだなぁ、どおりでみんな立ち上がらないわけだ。役者って、ただ演技の練習して、披露してるだけじゃなくて、サービス業よりもサービス精神旺盛でやらなきゃいけないのか。って、そんな悠長に構えてられないよ。おしりの痛みと、ひかるがまた出てくることと、いろんなものがごちゃごちゃで、ショートしそう。 「…大変お待たせいたしました。アフタートークの準備ができましたので、進めていきたいと思います」 進行するのは、たぶんスタッフさんかな? 3人が出てきた。さすがに衣装のままではなかったので、さっきよりも、ひかるが正確にわかる。衣装を脱いで、着替えるのにも時間がかかってなかなか出てこなかったって感じかね。10年くらいぶりの、彼は、はっきり言って老けた。宣材写真より、もっと大人になってると思う。あれはいつ撮ったものだったんだ? 見ればひかるだってわかりはするものの、面影はほとんどない。まぁ、兄だってそんなものだな。きっとそれが成長した証なんだ。わたしの知らないところで、ひかるはどれだけの経験を積んだのだろう。 「それじゃあ、改めて自己紹介をお願いします」 進行役の言葉に、自己紹介していく。最後が、ひかるだった。 「…役の、朔田こうきです」 …あぁ、ひかるだ。ほんとうに、本物の、ひかるなんだ。
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