正曲率リーマン空間上の直線

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 僕らが同棲してから、もう2年が経とうとしていた。  二人とも立場は同じ、京都大学のポスドク(博士号取得済みの有給の研究員)だが、僕の専攻は宇宙論(コスモロジー)で、彼女の専攻は天体物理学(アストロフィジックス)。付き合い始めた当初は、同じ宇宙が絡む分野だからきっと話が合うだろう、と思っていた。  ところが。  この二つは似ているようで、実は全然違う学問だ。天体物理学が銀河や太陽系、恒星、惑星などの天体の成り立ちを研究するのに対し、宇宙論は宇宙そのものの成り立ちを研究する。宇宙論では素粒子物理学や場の理論の知識も必要になる。僕はファインマン・ダイヤグラムと言う、円や矢印や波線、点線で構成される図を毎日のように描いて計算していた。  彼女の方は、もっぱらニュートンやケプラー以来の古典物理しか使わない。一般相対論的な補正が必要な場合もあるが、大抵は無視できるレベルだ。とは言え、古典論でも重力の計算は、三体以上になると解析的(アナリティック)(代数的な計算で式を展開して解く方法)にはまず解けなくなる。だから彼女のメインの仕事は、コンピュータを使った数値的なシミュレーションだった。  というわけで、実は僕らには見事なくらい共通な話題がなかった。それでも恋愛感情があればそんなことは何の問題にもならない。僕はそう思っていた。  だけど……  時間が経つにつれ、恋愛感情というものはどうしても冷めていく。  僕らの気持ちはすれ違うようになっていった。どちらかが研究に行き詰っていたとしても、互いに何かアドバイスをしたりすることができない。次第に口論が増え、全く口を聞かない日もあるくらいだった。
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