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 ここを訪れたのはいつ以来で、何度目だろう。そんなこと覚えてもいない。  赴任先が遠方になってからはすっかり縁がなくなって、こうして二人で歩きでもしない限り、神戸ご自慢の十二月の夜景など見る気も起きなかっただろう。  隣に並ぶ彼女と手をつないで歩いている。そのつもりだった。  昔だったら週末ごとに会うことも、我慢強い彼女が寂しいを言ったときに駆けつけることもあったけど、もうそんな間柄ではなくなった。年に一度だけ許されるひとときの逢瀬のたび、俺たちはこうして一番思い出深い神戸の地に集い、一夜限りの感情を共にする。  コースは決まっている。なにをするでもなく、夕暮れの須磨海岸を歩き、国道を歩いて月が姿を見せる頃にハーバーランドの隅から隅まで歩き倒す。  ゆっくりと、ゆっくりと時間をかけてメリケンパークに足を踏み入れ、閉店前のスターバックスでコーヒーをテイクアウトして人気の少ない場所で腰を下ろす。 2d8d9505-a314-4723-af49-4f7ae5c18bc6  コーヒーいる?と質問するたびに「飲めないの知ってるくせに」と彼女はふくれっ面を見せる。もう何度同じやりとりをしたことか、答えなんか聞かなくてもわかっているのに、一年に一度という機会がそれすらもさせてしまう。  三十代も半ばを迎えて、俺はすっかりおじさんらしさがそこかしろに表れるようになった。老け顔は昔からだからプラマイゼロだとして、運動不足で少しお腹も出てきたし、休日にロックな私服を同僚に見られると「若いね」と言われる。二十代のときに言われた「かっこいいね」は二度と聞けないんだろう。  社会人の風体としてはある意味正解なのかもしれない。
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