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俺が大学を卒業したとき、美晴はまた俺の手の届かないところへ行くことを決めてしまった。
「みーちゃん、海外の医療ボランティアに参加するんだって」
「あらあら、どうしてまた」
「ほら、ずっと付き合ってる病院の先生、その人が行くんだって。だから、みーちゃんも一緒に行くことにしたんだってさ」
その年の盆に、勤務先の病院の近くで一人暮らしをしていた美晴が久し振りに実家に帰ってきた。あと一ヶ月もしたら出発するからと、うちにも挨拶にきた。美晴はその日、青と白のストライプのワンピースを着ていた。俺の視線に気付いたのか、美晴はちょっと照れくさそうに笑った。
「ちょっと子どもっぽいかな。彼が選んでくれたんだけど」
「そんなことないよ。みーちゃんによく似合ってる。昔、そんなの着てたよね」
「えー、そうだっけ? かずくん、覚えてる?」
覚えてる。初めて会ったあの日のこと、全部。体にまとわりつく水の感触、焼けるような日射し、思い切り吸い込んだ空気、キラキラの向こうにあった美晴の驚いた顔、バニラのにおい。
「なんとか言いなよ。あ、さては美晴との別れに泣きそうなんだな」
「やだ。そんなこと言われたら、私が泣いちゃう」
だけど、その日ずっと美晴は笑っていた。帰る時間になって泣き出したのは姉貴だった。
「ちゃんと帰ってきてね。危ないと思ったら、彼氏なんて置いて帰ってこなきゃダメだよ」
「分かった分かった。大丈夫だって」
「ほら、一哉。あんた駅まで送ってって。あたし、こんな顔じゃ外に出られないから」
ちーん、と盛大な音を立てて鼻をかみながら、姉貴は俺に命令した。
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