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その週末、アリソンちゃんのお母さんが、シャロンさんの家を訪ねてきた。またシッターのお願いをされるのかと思えば、お母さんはにこやかにこう言ってきた。
「お宅に、アンティークのドールハウスがあるんですって? アリソンがすごく気に入ってしまったらしいの。図々しいお願いだとは思うけれど、譲ってはいただけないかしら?」
もちろん言い値でお支払いするわとお母さんは付け足したが、シャロンさんは
「ごめんなさい。あれね、息子夫婦の預かりものだったの。もうここにはないのよ」
と、嘘をついた。
アリソンちゃんに、あのドールハウスを与えてはいけない気がしたからだ。「そこをなんとか」と、驚くほど強情にアリソンちゃんのお母さんは頼んできたが、シャロンさんは決して首を縦には振らなかった。
「ねぇ、あなた。ここに置いてあったドールハウス、どこかに片付けた? グレイの毛布で包んで置いておいたんだけど」
数週間ほど経ったころ、シャロンさんはガレージからドールハウスがなくなっていることに気がついて、ご主人に尋ねた。
「ドールハウス? いや、知らないなぁ」
「まさか、勝手に処分しちゃったりしていないわよね?」
長年庭の芝を刈るのに使用していた手押しタイプのものから、ご主人念願の乗用型の芝刈り機の購入を決め、その場所を確保するために、ご主人は連日ガレージの片づけに精を出していたのだ。
「していないさ。そういえばこのところ、ガレージの近くで、子どもが遊んでいる声を度々耳にすることがあったんだけど、もしかして彼女たちが持って行っちゃったのかなぁ?」
「彼女たち?」
「そう、小さい女の子たちの声だったよ。この辺りにも、お子さん連れの家族が増えたのかな?」
いや、そんな話は聞いていない。ご近所に住むご家庭でお子さんがいるのは、アリソンちゃんのお宅だけだ。公立校ではなくプライベートスクールに通っているアリソンちゃんには「近所で一緒に遊べるお友達がいなくって」と、お母さんが漏らしていた。では、夫はいったい誰の声を聴いたのか。
「その子たちの顔は見た?」
「いや。声は聴いていたけれど、実際に姿は見かけなかったなぁ」
その数か月後、アリソンちゃん一家はお向かいから引っ越していった。シャロンさん宅に挨拶のひとつもなく。
突然の引っ越しの理由が、あのドールハウスと関係しているのではないか、アリソンちゃんは大丈夫だろうか、それだけがシャロンさんの気がかりだった。
ドールハウスは、未だ見つかっていない。
「盗んでいった犯人も気味悪がって、早々に売り飛ばして、どこかのガレージセールかセカンドショップに並んでいたりしてね」
アケミさんの言葉に、その日ガレージに並んでいた不用品の山を思い出す。おもちゃはたくさんあったけれど、ドールハウスはなかったはずだと安堵する。
「そう考えると、ガレージセールで曰くつきのものを、知らないうちに買っていたってこともあるわけですよね?」
不安そうな顔でひとりの奥様が呟き、お茶の席に一瞬沈黙が訪れた。みなが持ち寄った品の中にも、そんなものがあるかもということか?
「いやだぁ、怖いこと言わないでよ」
と言って笑うアケミさんの顔は明らかにひきつっていたし、同意するようにうなずき微笑む周りの奥様たちの笑い声も、やけに乾いていた。
なんとなく流れる気まずい空気をやり過ごそうと、アンティークのカップに口をつけると、紅茶はすっかり冷めていた。
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