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アケミさんのご主人は現地の方で、彼女はいわゆる「永住組」のご婦人だった。彼女たちの中には我々駐在員の妻である「駐妻組」を毛嫌いする方も少なからずいらしたけれど、心優しきアケミさんは数年で入れ替わってしまう駐妻にも、あれこれアドバイスをくれたり困ったことや心配ごとの相談にも乗ってくれる人徳者だった。
そんなアケミさんが日頃から「大好き」と公言していたのが、隣接する州に住むお姑さん、ご主人のお母さんであるシャロンさんだった。
手作りパイとチョコチップクッキーが最高に美味しくて、キルトが趣味だという正にアメリカのマムといったシャロンさん。数年前、彼女がガレージセールで、アンティークのミニチュアドールハウスを手に入れたときの話だ。
ふらりと立ち寄った近所のガレージセールで、シャロンそんはそのドールハウスを見つけた。英国の伝統的なヴィクトリアンスタイルの二階建てのお屋敷で、大小四つの部屋と屋根裏部屋、それぞれにデスクやソファ、ベッドなどの家具もちゃんとついている立派な代物だった。
シャロンさんは以前から、ドールハウスに興味はあったけれど、気に入ったハウスはどれも高額過ぎて、なかなか手が出せないでいた。そこで、気になる値段を持ち主の家主に尋ねたところ、なんと「五十ドルでいい」と言う。少なくとも五百ドル以上はするだろうと覚悟していたシャロンさんは、二つ返事で購入を決めて、そのドールハウスを大切に自宅へと運んだ。
早速リビングにドールハウスを飾る。
趣のあるインテリアとして部屋に馴染み、シャロンさんは大層気に入ったのだが ──
数日もすると、シャロンさんはそのドールハウスに違和感を覚え始めた。
ドールハウスの中心部には、吹き抜けの玄関ホールがこしらえられており、二階の部屋に続く階段と、左右の部屋を繋ぐ渡り廊下が精巧に造られている。その玄関ホールに、何故か気がつくと一脚のミニチュアの椅子が倒れた状態で置かれているのだ。
椅子の出どころは、玄関ホールの左隣の部屋に置かれた、ダイニングセットの四脚のうちの一脚だった。英国アンティーク風の、布張りされた座面の水色が鮮やかな木製のダイニングチェア。飴色をした本体は、高級木材のマホガニーで出来ているのか、それともそれに模して着色してあるのか、見た目では分からないほど細密な仕上がりの椅子だった。
そういえば、ガレージセールで最初にドールハウスを見たときも、一脚だけダイニングチェアが妙な位置に置かれていて、直した記憶がシャロンさんにはあった。
人の出入りが多いガレージセールの場でなら、誰かが悪戯して椅子の位置を動かしたなどということもあるだろう。でも、自宅に持ち帰って飾っているのに、何度にもわたってこの椅子だけが動かされ、それも無造作に倒されていることが、シャロンさんには不思議でならなかった。
三人の息子さんはとっくに成人して家を出ているし、ご主人はドールハウスにまるで興味を示していなかった。愛犬のナラは老犬のうえ大型犬だから、10㎝にも満たないミニチュアの椅子だけを動かせるわけがない。
(ネズミとかだったらイヤだわぁ)
などと思っていたシャロンさんだったが、その時点では椅子が動く現象について、そこまで深く考えてはいなかった。
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