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事情が変わったのは、アリソンちゃんという女の子をシャロンさんのお宅で預かる機会が訪れてからだった。
アリソンちゃんは、シャロンさんのお宅の向かいに住む、三人家族の七歳になるお嬢さん。アジア系のご家族で、ご両親ともにお医者さんという裕福なご家庭。
その日は、いつも頼んでいるベビーシッターがどうしても都合がつかず、放課後の数時間だけアリソンちゃんを預かってはもらえないかと、ご両親からお願いされた。わんぱくな男子三人を育て、女の子育児に憧れていたシャロンさんはもちろん喜んで引き受けた。
お手製のミートローフで夕食にし、シャロンさんが後片付けをしている間、アリソンちゃんはリビングでひとり大人しく遊んでいた。
洗い物もひと通り終わり、デザートでも食べましょうかとシャロンさんが声を掛けると、アリソンちゃんはドールハウスで遊んでいる最中だった。家に来た直後にドールハウスを見せて「遊んでもいいのよ」と言ってあったし、乱暴には扱っていなかったので問題ないように見えたが、目に入った玄関ホールの様子にシャロンさんは驚愕した。
直したはずのダイニングチェアが、また横倒しに置かれている。そして更に、渡り廊下の手すり部分に、何故か赤い毛糸が結ばれており、垂らされた先が輪っかの形になっていた。倒された椅子と、垂らされた毛糸。それはまるで、首吊り自殺の現場を、再現しているかのように見えた。
「あらぁ、この赤い毛糸はアリソンちゃんが結んだのかしら?」
動揺を隠しながら、シャロンさんは出来るだけ穏やかにアリソンちゃんに尋ねた。
「……そう」
言葉少なに、アリソンちゃんが答える。
リビングのソファの横に置いてあったバスケットの中には、シャロンさんの編み物の道具が収められていた。赤い毛糸の色と太さには見覚えがある。恐らく、バスケットから拝借したのだろう。でもなぜ、こんな気味の悪い遊びをこの子はするのだろう。シャロンさんが胸の中に抱いた疑問に答えるかのように、アリソンちゃんはポツリと呟いた。
「……こうやって遊ぶのよって、教えてくれたから」
「教えてくれたって、誰が?」
シャロンさんのご主人は、フットボールの試合を友人とパブで観戦するからと言って出掛けている。この家にいるのは、アリソンちゃんとシャロンさんとナラの、二人と一匹だけだ。
シャロンさんは「怖いこと言わないで!」と泣きつきたかったけれど、七歳の子供に向かってそんな真似は出来ないと、冷静を装って無理に話題を変えた。
「アリソンちゃん、キッチンにクッキーがあるのよ。ミルクを温めてあげるから、あっちに行きましょう」
アリソンちゃんがドールハウスに後ろ髪を引かれているのが分かったが、この子をこれ以上関わらせてはいけないと感じたシャロンさんは、強く薦めた。
その後母親が迎えに来て、アリソンちゃんは向かいの自宅へと帰っていった。シャロンさんは、アリソンちゃんがドールハウスに結び付けた赤い毛糸を、縁起でもないからと外そうとしてふと思い出した。
── そういえば、ガレージセールでドールハウスを買った直後にも、こんなことがあったんじゃないかと。
思わぬ掘り出し物を手に入れて、ほくほくとして帰宅したあの日。リビングのサイドテーブルにドールハウスを飾った際、玄関ホールの手すり部分にぶら下がっていた、紐の切れ端のようなものをゴミだと思って取り除いたのだ。思えばあの紐も、首吊り用のロープに見立てられていたものだったのではないだろうか。
知らぬ間に動く椅子。手すりに掛けられたロープ。美しくて芸術的だと感じていたドールハウスが、なんとも薄気味悪いものに思えてきてしまったシャロンさんは、目の付くところに置いておきたくないと、古い毛布でハウスを包んで、ガレージの片隅に仕舞い込んでしまった。
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