ハサミムシのジョディ

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冬の寒さの中にも、春の暖かさを感じるようになったある日、森で出会ったハサミムシのジョディとポールは、すぐさま交尾をした。 雄のポールは中肉中背で、求愛アピールの仕方も下手くそだった。 雌のジョディからすると、さほど魅力的な相手ではなかったのだが、ハサミムシの出会いはそう多くない。 「悩んでいる暇はないのよ。 さっさと種をもらわなきゃ!」 事が終わると、ポールは挨拶もそこそこに、さっさとどこかに行ってしまった。 「雄はみんなそう。 始まるまでは最大限の甘い言葉をささやくけれど、終わったとたん、急に白けるのよね」 ポールの後ろ姿を見ながら、ジョディはそんな事を考えていた。 交尾直後で、体にだるさを感じながらも、ジョディは産卵場所を探すために歩きだした。 「私は産卵するために生まれてきたんだもの。 ここからが正念場だわ」 敵から見つかりにくく、しかも程よく湿った場所を見つけるため、ジョディは小走りであちこち見て回る。 やっといい場所を見つけても、違う雌に先を越されている事もしばしば。 疲れた体に鞭を打ち、ジョディは探し続けた。 日が沈もうとしていた頃、ようやく条件の整った石の下に入る事ができ、ジョディは倒れ込むように眠りについたのであった。 数日後、ジョディはキラキラとした小さな卵を数十個産んだ。 それからは毎日、毎日、卵にカビが生えないように、クルクル回し続けた。 雨の日も風の日も、卵から目を離す事はない。 好物のダンゴムシが近くを通っても、卵の事が気になり動かなかった。 「お腹すいたなぁ。 でも、これくらいどうってことない。 卵は順調に育っているんだから」 しかし、産卵してから1ヶ月が経とうとしていたある朝、ジョディに最大のピンチが訪れたのだった。 ハサミムシの天敵、トカゲが石の隙間からこちらを睨み付けていたのだ。 ジョディは、卵の前に立ちはだかり、大きなトカゲから卵を死守しようとする。 しかし、トカゲは腹ペコ状態。 とろっとした卵付きのご馳走を、見逃すはずもない。 舌をペロペロとさせながら、一歩、また一歩とジョディと卵に近づいてくる。 絶対に負けられない戦いが始まった。 「卵だけは死んでも渡さない! これは私の命なのよ!」 しばらく、ジョディとトカゲはにらみ合っていたが、ついにトカゲがスピードをあげて襲いかかってきた。 「あの強力な口で噛みつかれたら、一巻の終わりだわ。 あいつは私だけでなく、愛しい卵まで食い尽くす。 そんな事させるものか!!」 ジョディは、体勢を整えトカゲの動きを凝視する。 「力では到底勝てない。 生き残るためには、一瞬の隙を突くしかない」 まるでスローモーションのように見えるトカゲの動きを、ジョディは目を見開き、追った。 「失敗すれば、私もこの子達も死ぬ。 全神経を集中させるのよ!」 息がかかりそうな近距離までトカゲが近づいた時、ジョディはサソリのように体を丸め、お尻のハサミをトカゲに突き刺した。 ジョディのハサミは、トカゲの目に突き刺さり、トカゲはうなり声をあげた。 トカゲは少し後退りしながら言った。 「このやろう! 調子に乗りやがって。 ぶっ殺してやるからな!」 ジョディは、全身全霊の力を込めてお尻を高く持ち上げると、ハサミの先をトカゲに向けた。 ジョディは祈っていた。 「お願い。 このまま引き下がって。 今度、こいつが襲ってきたら、今の私に反撃するだけの力は残っていない」 ジョディは、トカゲにハサミを見せつけるように威嚇する。 数秒が数時間に感じる。 しばらくすると、トカゲは悔しそうに去っていった。 ジョディはヘナヘナとハサミを下ろし、安堵した。 身体に力が入らない。 無理してお尻を持ち上げたためか、全身の痛みがひどい。 トカゲを突き刺したハサミは、グラグラになっている。 それでも、ジョディは立ち上がり、よたよたと卵の方に向かった。 微生物の感染を防ぐため、たくさんの卵を一個ずつなめるジョディ。 「よしよし。 みんな偉いねぇ。 もうすぐ出てこれるからねぇ」 目を細め、優しく微笑んだ。 翌日、卵は次々と孵化を始め、石の下は一気に賑やかになった。 生まれたばかりの幼虫達は、一斉にジョディに訴えてきた。 「ママ、お腹すいた!」 「ママ、何かちょーだい!」 「ママ、食べ物はどこ?」 ジョディは、全ての卵が孵化した事を確認すると、みんなに言った。 「おいで。 私のいい子達。 最初はお腹を壊さないように、柔らかい所から食べるのよ。 春になって暖かくなったら、外に出て、ダンゴムシを探しなさい」 ジョディはそう言うと、土の上に横たわった。 すると、一匹の幼虫がジョディの腹に噛みついた。 それを見た他の幼虫達も我先にと、ジョディの腹部に群がってきた。 「慌てないで。 怪我しちゃうでしょう。 いっぱいあるから大丈夫よ」 ジョディは自分の腹に食らいつく幼虫に向かい、嬉しそうに声をかける。 ムシャ、ムシャ、ムシャ。 幼虫達の食欲は留まるところを知らなかった。 遠退く意識の中、ジョディは生まれ故郷の落ち葉の上で見た、オレンジ色の夕陽を思い出していた。 「お母さんもこうやって、私達を育ててくれたわね。 私も無事に役目を果たせたみたい……」 そう言うとジョディは静かに目を閉じ、短い一生を終えたのだった。
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