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もう会えない
声をかけられて振り返ると、吹絵のファンの一人がペットボトルを渡してきた。
パーカーに、だぼだぼでカーキのチノパンを履いている。
5本の指、全てにはまったシルバーの指輪が、ギラリと光った。
名前はTETURUと言っただろうか。
かなり前から吹絵のファンを自称している。崇拝者と言ってもいい。
「ありがとうございます」
吹絵は、礼を言ってから、ペットボトルを受け取る。
集中して火照った体に、冷たいミネラルウォーターが心地よい。
TETURUはというと、恍惚とした面持ちで、吹絵の絵を見ていた。
その顔は、王にかしずく騎士のようだった。
「今回もいいっすね」
「そうですか」
「はい。なんか、心に響いてくるもんがあるんすよね。
新作が出るたびに、それが強まってる感じです」
言われて、吹絵も改めて自分の描いた絵を見る。
あの日から、描いている内容はずっと、変わらない。
会いたい。それだけを描き続けている。
「私の絵を見てもらいたい人がいる。それだけです」
そんな吹絵を見て、TETURUは、にっこりと笑う。
いつの間にか、日は暮れて、吹絵とTETURUの二人を、街灯がスポットライトの様に照らしていた。
「大丈夫。見てもらえてますよ」
邪気のない、すがすがしい笑顔。
その笑顔を見て、吹絵も少しだけ心が軽くなる。
TETURUは、吹絵を安心させるよう言う。
「俺が全員ぶちのめしてますから。
吹絵さんの絵に上書きしようとするやつ」
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