12人が本棚に入れています
本棚に追加
「此処は?」
「生徒会室よ。私、生徒会に所属しているの」
「言われてみれば、生徒会っぽいね」
「そうかしら?」
夕凪が不思議そうにするものだから、そうだよと答える。此処がライトノベルか何かの世界だったら、間違いなく彼女はモテモテの生徒会長か何かだろう。まだ此処がどんな場所か分からないから、彼女がモテるのかも、この学校で生徒会がどれくらいの権力を持つのかも分からない。
「生徒会室は、基本的には生徒会の生徒と顧問しか入れないの。貴方が生徒会に入るならば別だけど、この学校で過ごす生徒の大半はここに入る機会はないわね」
「へぇー……俺は生徒会って柄じゃないし、たぶんこの部屋に入ることはないだろうね」
「入ってくれないのね」
「入ってほしかった?」
「いえ、別に。人手は足りているもの」
「なんだ、意外と冷めてるんだね」
思わず苦い顔をすれば、夕凪は何故か面白そうに「ごめんなさいね」と謝罪した。たぶん、大して謝る気はないだろう。
その後も彼女は、図書室や保健室、学年ごとの教室や高校生活で基本的に使用しそうな教室は一通り案内してくれた。
ごく一般的な学校だった。強いて言えば、旧校舎があったり、無駄に広かったりすることくらいが、普通の高校と異なる点だろうか。大方は、一般的な学校と構造は同じだ。
それなのに、妙に新鮮に感じるのは、やはり俺の記憶がないからだろうか。学校なんて、小学校からずっと行き慣れているのだから、新鮮さなどもう微塵も感じないと思っていたのに。
此処は、未知の世界。現実から異世界へと迷い込んだみたいだ。
「さて、案内はこれくらいでいいかしら?」
「うん。だいたいどんな教室があるかは分かった」
「それは良かったわ。慣れないうちは迷うことも多いだろうけど、分からないことがあったりしたら私やクラスメイトを頼るといいわ。みんな優しい人達よ」
「そりゃあ安心だね」
転校なんて人生で初めての経験だから、無意識に身構えてしまう。まだ顔も名前も知らない新しいクラスメイトたちの顔を想像すれば、胸が躍るような期待と、少しの不安が顔を覗かせた。
「そろそろ教室に案内してもいい頃合いかしらね」
「今って何時?」
「八時半。ちょうど朝のホームルームが始まるくらいの時間ね」
「え、まだそんな時間なのか。なんか、昼みたいに明るい空だったから、てっきり昼過ぎかと……」
「あぁ、そのことを話していなかったわね。というより、忘れてしまっているのかしら」
相変わらず俺の手を引いたまま、夕凪が思い出したかのようにそう言った。何のことだろうかと難しい顔をすれば、夕凪が俺をどこかへと連れて行きながら答える。
「空はずっとあのままよ。朝も昼も夜も。ずっとずっと、青い空が広がってる」
「なんじゃそりゃ。異常気象……とはまた違うか」
「混乱するのも無理はないわ。貴方はまだ世界の常識を思い出せていないのだから。この世界には、空の変化は存在しない。昔からそうでしょう? 夕焼け空や夜空なんてものは、御伽噺の世界にしか存在しないじゃない」
一度だけ振り返りながら彼女が問いかけてくるが、そう言われても容易に頷くことはできない。そんな馬鹿げた常識が存在してたまるものか。記憶を失っていても、それが可笑しいことくらい理解できる。
けれど、まだこれが現実だと決まったわけじゃない。ならば、そのような突飛なことが常識だと言われても何ら不思議ではない。
もう少しだけ様子を見よう。
これ以上彼女につっかからないように口を閉ざせば、賑やかな声が廊下の奥から聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!