第一章:チーム・コンパスの秘密調査

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「いいタイミングね。朝読書が終わって賑やかな声が聞こえるじゃない」 「えっと……今居るのは中校舎だから、二年の教室だっけ?」  確認するように訊ねれば、「そうよ」と夕凪が答えた。 「最後に案内するのは、今日から貴方が所属するクラスよ」  そう言われて、教室名が刻まれたプレートを見上げた。 「二年……三組?」 「えぇ。貴方の制服にもホームルーム章が付いているわ」  そこでようやく俺は自分が身に纏っている制服を目にした。  仄かに紺色がかった黒のブレザー。シルバーのラインが入っており、襟部分には蝶をモチーフとした金色の校章と、『23』と書かれたホームルーム章が付けられていた。それから、真っ赤なネクタイ。 まるでコスプレだ。  それが制服に対する俺の第一印象だった。夕凪も同じデザインの制服を着ているが、彼女が着ると妙に様になっている。俺とは大違いだ。完全に服の方が洒落ていて、これでは制服の方が主役である。 「さ、制服に感激するのもいいけれど、貴方にはまずクラスの皆に挨拶をして貰わなくちゃ」  別に感激はしていない。  目でそう伝えるが、夕凪はニコニコと笑うだけだ。  白を基調としたスライド式の扉の前に立つ。扉を隔てた向こうからは、がやがやと騒がしい声が聞こえる。どこか興奮したような、それこそこれから何かイベントごとでも始まるかのようなざわめきだ。  転校生って、こんな気分なのか。  扉の前で深呼吸をして、俺は思う。ただ学校が変わっただけなのに、こんなにも期待され、注目の的になる。別に特別なことは何も所持していないのに、変な気分だ。 「入ってきてください」と、中から少ししゃがれた大人の声が聞こえる。陽だまりのように優しいその声に、なんとなく安堵した。  俺は夕凪に視線を送る。そうすれば彼女は、にこりと笑みを浮かべて頷いた。  行ってらっしゃい。  そんな風に言われたような気がして、俺はそっと扉を開けた。  視線の矢が大量に突き刺さる。好奇の目に少し怯えながら黒板の前まで歩き、眼鏡をかけた初老の男性の横に並ぶ。 「今日からこのクラスの仲間になる西条繋くんです。この学校はとにかく広いから、彼が困っていたら助けてあげてください」  皺の入った顔を歪ませて、担任が優しく微笑した。眼鏡の奥の目が、自己紹介をしろと言っているので、俺は三十人ほどの前で口を開いた。 「西条繋です。今日からお世話になります。よろしくお願いします」  ぺこりとお辞儀をする。  何の面白みもない挨拶だなと自分で思った。だが、これ以上話すことはない。まだ自分がどうして転校することになったのか、なぜこうも不思議な体験を妙に簡単に受け入れてしまっているのか、半ば混乱しているからだ。今でもまだ、突然夢から覚めるのではないかと思っている。  夢にしては感覚がリアルすぎるけれど、そういう類の夢なのかもしれない。それならば良いのだが、肌で感じるクラスメイトの視線も、外から差し込む初夏の日差しも、どう見ても本物だ。  開けっ放しの扉の方をチラリと見れば、夕凪が小さく手を振った。そしてそのまま、どこかへと歩いていく。  どうやら、彼女はこのクラスではないらしい。少しの間だが会話を交わした人がいれば、心強かったのに。
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