『we're Men's Dream』 -type C- 5

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『we're Men's Dream』 -type C- 5

 十一月十三日、午後三時。自宅から最寄りのコメダに集合した。奥のテーブル席から、昨日の夢で見た女性が手招きをしている。まだ夢の中? 場違いな気がしながらも、メンバーたちと同席する。  ボーカルの女性は玲(レイ)、ギタリストは紡(ツムグ)、ドラムスは史郎(シロー)と紹介をされる。レイが口を開く。 「あら、カズ。こんなかわいい妹さんがいたのね」  ふふっ、とレイの隣にいたギタリスト、ツムグが笑う。 「鼻の形とか、そっくりだよ。かわいいね」  ツムグはそういうが、前日の殴打で若干いびつにしてしまった鼻の形をほめられても、あまりうれしくはない。ウチは声が震えるのをおさえて言う。 「……モン・レーヴって、夢? だっけ? って、カズ兄から聞いたけど、ずいぶんスカした名前っスよね」  それを聞いたメンバー一同はお互いに顔を見合わせる。答えたのはツムグと呼ばれたギタリスト。 「バンド名はボクのアイデアなんだ。夢をかなえる。ボクの夢。ドリームとかダイレクトすぎるから引いちゃうでしょ? だからフランス語にしてみたんだよ」 「そーゆートコが、スカしてるんじゃないっスか?」 「名前なんてどうでもいい。結果についてくるんだよ。名前っつうのは」  ドラムのシローが、コーヒーカップに目を落としながら、静かに言った。 「カズからいろいろ聞いてるよ。リューコちゃん。夢。探しているんだっけ?」  レイがツムグの左腕に手をまわしながら、言った。ちょっと胸がうずいた。イケメンとか、別に全然興味ないし。レイは、これ見よがしにツムグの腕に胸を押し付けていた。 「たぶん、僕はリョーコちゃんに新しい夢を示せると思うよ」  サラサラヘアを右手で払いながらツムグが言った。 「はあ? 夢とか、カンタンじゃねえから夢なんじゃねえっスか」  そう言いつつも、ツムグの目に引き込まれてしまう。 「カズくんから聞いていたけど、天才球児だったんでしょ? だったら、かなえられる夢はあるよ」ツムグが壁に立てかけていたギターをケースから取り出す。「コレ、貸してあげる。たぶんリューコちゃんの夢はこれで紡(つむ)げるよ」  モン・レーヴのステージ上で、ライトを浴びていたギター。放心したまま、ツムグから差し出されたそれを受け取る。  父がケンカする対象にウチが加わった。夜中でも爆音ベースを鳴らす兄、それに合わせて、思い切りギターへスナップをかますウチの音。なんとなく、頭上に漂っている夢を引き寄せるには今しかないと思っていた。  月一のモン・レーヴ単独ライブに通う習慣がついてしまった。  ライブ後にはツムグさんからギター、レイさんからは歌と勉強(と、ちょっと怪しいフランス語)を教わった。でも、どうしてもツムグさんやレイさんのように繊細な音楽を奏でることが出来ない。 「どうしたら、レイさんみたいなキレイな声になるんだろう」 「私もリューコちゃんみたいなハスキーで歌いたいって思うときがあるよ。でも、それはできない。リューコちゃんはリューコちゃん。私は私」 「どうしたら、ツムさんみたいにクリーンなギター弾けるんだろう」 「リューコちゃんのいいところは、力強いスナップ、あとは、演奏にためらいがないところだよ。……スカした僕にはできないこと」  モン・レーヴはたしかにスカしている名称だし、イケメンの見た目もスカしていたけれど、ツムさんの美しいギタープレイは、ウチに夢を見せてくれていたはずだ。  気が付くと中学三年生。進路決定を余儀なくされていた。  家庭教師のアルバイトもしていたレイさんのおかげだろうか。いつの間にか、定期試験の点数は学内上位になっていた。  ウチは軽音楽部がある東海学園高校に進学した。  夕餉に赤飯を炊かれたのは三度目。小学校の時に野球で勝負に勝った時、生理がはじまった時、そして今回高校入試に合格した時。どれもこれも恥ずかしい祝福だったけれど、父は忙しい身の中でウチを気にかけてくれていたので、黙って受け入れていた。大量に炊かれた赤飯はその晩だけでは食べきれなかったけれど、翌日の朝におにぎりにして出された。 「リューコ、合格おめでとな」  兄が、あたためなおした味噌汁をすすりながら言った 「……うん」まだ野球にかわる新たな夢には至っていないけれど、なんとなく近づけた気がしたのは、兄のおかげ。そして、レイさんやツムさんのおかげだったと思う。「……あ、ありがと」  兄は、ウチの言葉に気づかないフリをして言う。 「言い忘れてたけど、……モン・レーヴ、解散することになった」 「ええ!?」  兄が玄関先に置いてあったギターケースを手渡してくる。 「なに、これ?」 「見りゃわかるだろ、ギターだよ、ギター」  ウチはそれを受け取って、ソフトケースのジッパーを開ける。収まっていたのはツムさんの愛器、フェンダーUSA、真紅のテレキャス。自分のギターを手に入れてからは、ツムさんに返していたのだけれど。 「ツムさ、イギリス行っちまった」 「??? どういうこと?」 「あいつ、留学する予定だったんだ。イギリスのオックスフォード大学、だったかな。これ、リューコに弾いていてほしいって置いてった」  ウチはその真紅のボディを、ひとなでした。ネックを持つと、丹念に手入れされていたのがわかる。 「なんで、ウチに……?」 「いちばんコイツを活かせるのがオマエだと思ったんだろ? 楽器は弾いてナンボだからなあ」 「……レイさんは?」  そう聞くと兄はいったん押し黙る。 「レイはツムの留学を応援するって言ってた。大学が終わるくらい待てないのは彼女とは言えないよ、ってな」  やっぱり、ツムさんとレイさんは恋人同士だったんだ。少し胸の奥がちくちくする。高価なギターを遺されたことも手伝って、胸の痛みは強くなる。なんだか、焦らされている気もした。
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