議長にお願い 19

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議長にお願い 19

議長にお願い19 それから、きよは医者の診療所に通うようになり、自分の診察が済むと医者を手伝ったり、医者が無精をしていて放り出してある家の事などをしてやるようになった。 医者が時間のとれた日は街の中を仲良く歩いたり、山裾まで遠出に出かけた。 もちろんるうやナルの相手をしている時もあったが、きよは医者を慕っている様子で、自分達の過ごす旅館の離れに帰って来ても、その日あった医者との出来事を毎日楽しそうに話すのだった。 「るう、何をそんなに焼きもち焼いているのだい。きよだって何だかこの頃生き生きとしているじゃないか、良い傾向だよ」 「焼きもちなんか焼いていないやい……あの医者では歳が離れ過ぎている」 明らかに自分より年上に見える医者が、娘婿になるのは、なんとなく居心地が悪い。 「別に恋人同士という訳では無いのだろうよ。きっと気が合うのだよ、お医者様だから癒しの効果があるのだよ」 「でもあの医者は、何だか怪しい。何者なのだ」 「ああ、ヒトガタとかいうモノらしいけど、別に寿命を吸い取ったりはしないらしいから悪魔よりは安全だね」 「……!ヒトガタ」 立派な化け物ではないか。 るうは胸中穏やかではなかったが、きよとの仲に割り込んできよを怒らせたり、きよに医者の正体を明かしてきよを悲しませるのはやめようと思った。 ++++++++++ 「わあ、素敵!雲に手が届きそう」 「高くて怖いくらいだろう」 医者ときよは街から見える小高い丘にある診療所から更に山に登り、そこから街を見下ろした。 空と山が今にもぶつかりそうで、きよは初めて空というものに圧迫感があるのを知った。 雲にさえ手が触れられそうだ。 「先生、私、この頃、とても気分が良いのです。この先もずっと生きていられるように思えるんです」 「そうかい!病は気からだから、そりゃあ本当に大丈夫かもしれないぞ」 「あはは」 きよは明るく笑った。 「私ばかり、こんなに幸せで良いのかしら」 「?」 「まさはもう、死んでしまったのに。私は生きて母様や父様と暮らせて、旅行へ来れて、先生にお会いできて」 「兄弟がいるのかい?」 「……、まさの核で私は生きているの」 「そうかい」 なるたけ平常を装い医者は答えた。 なるほどそんな無謀な事をしていたら寿命が消えるはずだ。きっと、他にも色々理由があるのだろう。 そうでなければ、普通に生きれば人形とは人間以上に、ヒトガタに匹敵する程の長命なのだ。無理な事をさせたり、寿命を吸い取られるなどの、外からの相当の理由がなければ。 「私、私に与えられた幸せの記憶が、次の私には残らなければ良いと思うわ。次に生まれ変わったとしても全て全て忘れてしまうの。呪われるの。それが、生き残った私のせめてもの贖罪だから。生きられず、母様達の事も知る事ができなかったまさへの罪滅ぼし……」 「でも、まさちゃんの核できよちゃんが体験した事は、きっと次には共有できていると思うぞ。きよちゃんだけが恐縮する事は無いと思う」 「そうでしょうか」 「だって、生きてしまった分、きよちゃんは頑張ったもんな」 「……」 医者ののんびりした口調の言葉に、きよはふいに空を見上げた。 「頑張って……たのかな」 それが引き換えに多くのものを失うのだとしても。 「一人で頑張るってのは、大変な事だよなあ~」 医者はきよを持ち上げるように大袈裟に溜め息をついた。 「俺だって一人で毎日てんやわんやだものなあ」 きよは浮上させてもらって笑った。 「きよちゃんが俺の所にお嫁に来てくれたらなあ」 「私はもうすぐ停止してしまいますから、いけませんよ」 「なんだい、ついさっきはずっと生きていられるようだって言ったじゃあないか。こんなおっちゃんだから、やっぱり嫌なのだろう」 「いいえ、そうではなくって。私には判るの。先生の所にはきっと素敵な子がやって来るって」 「ええ?」 「同じ型の子の事なら共鳴して判るの。先生、その子がやって来るまで待っていてあげて」 きよは目の前に拡がる雲の海を眺めた。 「そんな幸せな日が来るのかねえ」 「ええ。きっとその子が先生を幸せにしてくださいますよ」
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