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議長にお願い 2
議長にお願い2
大悪魔は隣の人形の二の腕を掴んだ。
私は先程見た瞬間からこの人形が気に入ったのだ。小さな姿も愛らしいし、顔付きも申し分ない。同じ種類のものを造ってもらうのを待つより、これをもらっていけば良いのだ。
大悪魔の頭の中の電球がぺかーんと光った。
彼は最中の包みの上に札束をべしりと乗せると立ち上がり、人形を抱え上げた。
「なに!?」
流石に抱きあげられてさらわれるなど構築外の事なのか、人形は焦りの色を露にした。大悪魔は我ながら名案にうきうきしながら、決してさらっても酷い扱いはしないと説き伏せようと試みる。
「君みたいな可愛い娘さんに重労働をさせたりはしないよ。いつも綺麗にしていて私の側でお茶を煎れてくれたり料理をしてくれたら良いよ。変な事はしないよ」
さらっと最後の方は嘘を言って大悪魔は宙に浮き上がった。
人形師にも会ってみたかったので少し残念だったが、それはまた次の機会にしよう。三十年ほどしたらこの誘拐のほとぼりも冷めているだろうし、大体金を置いていくのだから犯罪ではないように大悪魔には思える。
「……生憎私は料理が大の苦手でなッ!娘でもないから夜伽も無理だ!金を持ってきた以上お前様の望む人形を造ってやるから今すぐ離せッ」
その時彼の額に扇がめり込んだ。
人形は人形らしくなく大声で叫ぶと大悪魔の腕を逃れべちゃっと床に落ちた。
大悪魔はその様子を見て、次に額に刺さった扇をより目で見上げた。すぐさま、つっと暖かいものが額から顎に流れ落ちてくる。
「ああ……勘違いしてたみたいだねえ私は、ていうかきみ私を刺すなんてすごいよしかも扇で。流石娘のフリしてるだけある」
「これは娘のフリをしてるのではなくて古くからの魔避けのしきたりなのだ。大きすぎる魔は避けきれなかったがな」
彼らは互いに動揺し噛み合わない会話を繰り広げた。人形じみた人形師が自分からそろそろと後ずさっていくので、
「やあ、大変失礼をしたね、許しておくれ。人形師だなんていうから、こんな若くて可愛らしい子だとは思わなかったんだよー。お土産が最中なんかで申し訳なかったかな」
「最中は好物ですが羊羹の方が更に好きです」
大悪魔はすぐに掌を翻して羊羹の包みを取り出し差し出した。人形師はぱっとその包みを取り上げばりばりと封を破り始めた。少し警戒を解いてくれたらしく大悪魔は嬉しくなった。
なんとか私を気に入って欲しい。
「私は一人で仕事をしておるので大量生産はしておらぬ。予約がつまっておるのでお前様だけ直に来てもらったが順番を譲ってやる事は金をいくら積まれてもできぬのだ」
羊羹を丸ごと口に詰めながら人形師は返した。大悪魔は即座に、
「それは良い」
と詰め寄った。
「私のための人形は造らなくても良いから、私は君が良いなあ。君、私のところへ来ないかい?」
「だから私は料理が苦手だと……」
「料理もしなくて良い、私のところで人形師の仕事をしていれば良いよ。それに君が娘でなくても私は気にならない」
人形師は羊羹を喉に詰まらせたのか、ぐっと変な音をたてた。
「人形もだけどそれより私は今君に興味があるのだよ!」
今や大悪魔の中で完全に優先順位が逆転した。彼はこの人形師に出会う前以上の胸の高鳴りを覚え始めていたのだ。こんなこまい赤子みたいな子が人形ではなく人間だなんて世界はなんて素晴らしいのだろう。
「私は人形ではない、人間は魔界では暮らせないと聞いたことがあるが」
「おや、そんな事何故言うのだい?」
「ちゃんと私は書物で魔界の事も学んでいるのだ、騙そうとしても無駄だぞ」
ニヤリと意地悪そうに人形師は笑った。それは偉そうな皮肉めいた顔だったが、大悪魔は、わあやっぱり笑うと更に素敵だと呑気に思った。
「ならば私をここに置いておくれ。だいぶ齡を重ねてはいるがまだまだ何かの役にはたつだろう。この悪魔ナルに楽しい生活のハリを与えておくれよ。人生も、水がなくては干からびてしまうよ」
「ん?」
大悪魔、ナルの言葉に人形師は首を傾げた。
「お前私を馬鹿にしておるのか?ナルとは魔界の議長、大悪魔の名ではないのか、呪術をやる者なら誰だってそれ位の知識は常識としてあるぞ!そんな大悪魔がこんな所に現れる訳がなかろう」
足元を見てたばかったな、とでもいいたげに人形師は侮蔑の瞳でナルを見た。
議長といっても人間の世界で恐れられてる程たいした事はしていないし、然程偉い訳でもないのだけどとナルは思った。
けれど自分が大悪魔と呼ばれるモノであることを言った方が良いのかどうかナルには判別がつかなかったので困ったように笑っておくだけにした。もし人形師が、大悪魔が嫌いだったり、大悪魔だからと怖がったりしたら悲しいからだ。
「仮にお前様が本当に大悪魔だとしても私は他人と暮らすなんて真っ平御免だ。お前様が使い魔だとか私の言う事をなんでもきく召し使いにでもなるというなら置いてやらないこともないが」
この子はどうやらヒト嫌いらしい。
「召し使いでも良いけれどうーんではこういうのはどうだろう?私をここへ置いてくれる代わりに私は君の望みを三つ叶えよう!何でも叶えてあげるよ」
「私は契約書で縛られるのなんて嫌だね。それに私の生涯で三つだけかい、しけてるじゃないか。能無しはこの家には置かないよ」
「契約書はなくても良いのだよ、君、名前はなんというのかな」
魔力は弱くないので契約書は大悪魔には要らない。第一彼が勝手にここへ来て自分の意思で居たがっているのだから。
「ならば生涯で、とお叶えてあげよう!どうだ!だけど私に出ていけと言ったりするお願いは駄目だよ。あくまでも私を側に置いたうえでの条件だよ。どんなわるーい事でも構わないよ」
ナルは必死でこれは悪い話じゃあ無いだろうというように持ちかけた。人形師は少し口ごもった後、
「私は、るうと言う」
と彼を見上げた。
それはもちろん条件につられてだろうけれど、一応は自分をここへ置いてくれるのを承諾してくれた証に思われて、ナルは飛び上がって喜んだ。
るう!なんて可愛い名前だろう。
「やあ、丸っこい優しい名前だ。良く似合う。素敵な魔法の言葉みたいだねえ」
ナルの表現がおかしかったのか、るうは小さく眉を寄せ、
「おかしな悪魔だ」
と呟いた。
ナルは、自分の屋敷のガスの元栓を閉めていなかった事を思い出した。
けれど、人形を造ってもらいに来たはずが予想もつかない事態になってしまい、もしかしたら八十年くらい屋敷に戻れなくなるかもしれないのだけれど、まあいいかと思い返した。
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