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議長にお願い 22
議長にお願い22
「ケイッ!おーまーえーはどうして同じ事を何度言われても判らないんだ!?」
「あうーん、ごめんなさいるうさん……」
ケイは絨毯に零した紅茶を懸命に拭いて居たけれど、それはかえって染みを余計に絨毯に広げてしまっていた。るうはケイの正面に座り込み、自分も絨毯を拭くのを手伝った。
ケイはそんなるうを決まり悪そうに見上げて、また床に視線を落とした。
++++++++++
るうの屋敷に残った召使い人形のケイは、身体が不自由な訳でも、知恵遅れな訳でも無かったがどういう具合か、今までるうの造った召使い人形のうちで最も不器用で役立たずだった。
そそっかしく慌て者で、積極的なのだが、やる事為す事裏目に出るような子だった。
一体なにか回路や作り方を間違えたのだろうか?きよは料理だって出来たし、家事は全て人並以上にこなせていた。けれど、ケイはきよでは無いから、別に構わない。るうはそう思った。
「るうさん、ごめんね。オレ馬鹿っ子で……」
ケイが本当に面目無さそうに呟く時は、
「そんな事は全く気に病む事では無いのだ、お前は私の側に居てくれてるだけで、救いなのだ」
と慰めてやろうとするのだけど、るうは照れ臭くなって黙ってしまうのだった。
ある時るうは思い立って、ケイが寝ている隙にケイの部屋に魔方陣を書いた。
ケイが家事が苦手だというなら、誰か他のモノにしてもらえば良いのだ。小さな魔方陣なら小さな魔物が出て来るだろう。家事の出来る位の程度の悪魔とか、ケイが気に入ればペットにでも飼わせてやろう……。
素敵な男性に会うにはケイは生まれたばかりでまだまだ早いけど、それまで話相手が私だけではつまらなかろうしな。るうは、扇を振り上げた。
すると、魔方陣からころりと出てきたのは、黒髪の小振りな少年だった。
がりがりに痩せていて、長い手足は木の枝のよう。着ているものも頭と腕を通す穴を開けただけの布切れで薄汚く汚れている。
「お前!お前はこれからこの屋敷で働くのだ!判ったか!」
言うと、少年はぎっとるうを睨み、判らない言葉でなにやら叫んだ。るうは、ありゃこれは大失敗だ、考え事をしながら魔方陣を書いたのが良くなかったのか、と反省した。
「お前、どこかの奴隷なのか?家事は……出来ないよな?」
るうが問い掛けても少年はまともに答えられず、言葉を繰り返す。
人間界の言葉を知らないという事はやっぱり高度な魔物ではなく、魔界の奴隷かなにかなのだな。言葉が通じないのなら、可哀相だけれどこの屋敷に置いても使ってあげられない。
るうが思案していると、少年は部屋の奥の、ケイの寝ているベッドまで逃げていた。
「あ」
少年はるうに警戒しながらもケイに気付き興味を引かれたようで、ベッドの脇に膝をつきケイの顔をいじったり、布団の上から覆い被さったりした。
ああ、そんな汚い手で私の子に触らないでおくれ……。
るうは少年に近付き、
「おい、こちらへおいで」
と声をかけたが、少年はケイに釘付けで、気持ち良さげに寝ているその顔を眺めてふんわり笑った。
「……ケイが気に入ったのか?」
「けーい?けい……」
少年は、何度も噛み締めるように繰り返すと、ケイの頬をそっとつねった。
「……お前、ここで暮らしたいか?ケイを大事にするというなら、生涯愛するというなら、一緒に暮らしても良いぞ」
るうが、ふっとそんな事を言うと、少年には伝わったのか、少年はケイの頬を今度は優しく撫でた。
少年が魔界のモノなのは、すぐ判った。
つまり、彼がケイを愛するようになった所できよ達や自分達の二の舞になる。彼はケイの寿命を吸い取るんだろう。
けれど彼が真実ケイと共に生きるというなら、助けてやろう。るうはそう決意した。人間と違い人形なら、身体は自分で造り直してやれる。
「……宇宙、の、摂理に、挑戦」
そんな言葉がるうの頭をよぎった。
どうせナルと魂を分けて半分不老不死みたいな自分だ。ならば、今度は死なせない。すぐすぐは難しいだろうが、いつか必ず記憶をとどめてやろう。
身体が死んでも、魂は次の世界まで。るうはその研究をしようと心に誓った。
「ん……だあれ?」
眠って居たケイはゆるゆると瞳を開け、少年を見上げた。
++++++++++
るうの人形達のうち、家族であるマアサとケイを除いては、今でも稼働しているのは魔界に住むゴウの人形、月と、どこにいるやら判らない誰のものだか判らない二、三体のみとなったようだ。
月は時々るうの屋敷に手紙を寄越したが、まだまだるうを母親だとは認識できていない。だが二人は、寿命を全て吸い取ってしまわないよう、つかず離れずを心掛け、今でも幸せに暮らしている。
月以外で今でも生きている人形のうち、一番新しかったものは、ナルが屋敷に来た時にるうがどこかに送ってしまったあの時の人形だったが、その後暮らしていた場所を早々に飛び出し、美しい容姿と戦闘能力を生かし殺し屋となった。
殺し屋は殺戮の日々を繰り返し、やがてその日々に疲れ、山奥の診療所に辿り着き白髪混じりの陽気な医者に出会うのだった。
名をたかと言う。
++++++++++
るうは、ナルに言った通り人形師をやめ、帝都国の城にあがり魔術などを城の子供達に教える職についた。今はケイと少年につききりで日々は慌ただしく過ぎ去っていく。
けれど、時々魔界へ戻って行ったナルとナルに付いて行ったマアサを思い出した。
始め毎日のように魔界の炎が現れては、ナルとマアサは顔を見せてくれたが、そのうちそれが三日ごとになり、十日ごとになり、三か月ごとになった。
それでもるうは今は不安にはあまり思わない。
魔界と人間界の時の流れはきっと違うので、ナルは毎日欠かさず連絡をくれている気でいるのだろう。
これでは次に会いに来てくれるのなど一体いつになるやら判らないが、るうは気長に待っていようと思う。どうせ日々は続くのだし、自分がナルを忘れる事はありえない。
「るうさーん」
ケイが長い着物の裾を引き摺りながらどたばたと近付いてくる、ケイはきちんとした身なりをさせてもすぐに着崩してしまうので味気無い。
すぐ後ろを小綺麗なシャツを着た黒髪の少年が追って来た。
「やだーっ、銀が意地悪するの、ぶつの。すごい乱暴なのこの子」
るうの影に隠れたケイに手を伸ばして銀と呼ばれた少年は、ケイの頭を手加減なしに叩いた。
「こら、銀、ケイが嫌がってるではないか」
るうが叱ると銀はふーっと荒い息を吐いた。
言葉が通じないから、気が立っているのだろう、るうは二人を一緒に暮らさせたのは間違いだったかと一瞬思ったが、
「銀、気持ちを伝えるのはそうにするのではないぞ」
と言ってケイを抱き締めた。
触れたいのにどうして良いか判らず、もどかしくて叩いたりつねったりしてしまうのだろう。銀からしたら愛情表現のつもりなのかもしれない、けれどそれではケイが痛い思いをする。
るうは、自分がナルに教えてもらった愛を子供達に伝えてみた。
普段怒られる事ばかりだったケイはびっくりした顔をしたが、るうに抱いてもらい嬉しそうに笑う。
「こうにして、愛してるよって言うのだ。あ、言えない場合は口付けをする」
「るうさーん」
るうはケイの額にちゅっと口付けた。
ケイは真っ赤になって感激し、その姿を見た銀は嫉妬したのか二人を強引に引き剥がし、自分がケイに抱き付いた。
「ぎゃあっ、やだー来ないでー」
銀を突き飛ばしてケイが部屋を出て行くと銀も再び廊下へ飛び出して行った。
銀は子供だからか酷く乱暴な所があり、言葉が通じないせいか力にものをいわせようとする傾向がいまだに抜けない。
ケイを好きなのが見てとれるのだが、ケイの方は銀を怖がっていて、時々叩かれては泣いている。
るうはきよが愛した御主人様という男もこういう男だったのかもしれないと思った。
銀に銀という名をつけたのはケイだ。その名前はどこから出てきたのだろう?
それは、最後に残ったきよの記憶のように思う。
幸せにしたかった。
ずっとこれから先もるうはそう思って生きていくのだろうけれど、今の自分にできるのは、今側に居てくれるケイを幸せにする事。そして愛する人に渡したもう一人の子マアサを幸せにする事。
「やだーやめてっ銀なんて大嫌いー」
「男は優しさと打たれ強さだぞー頑張れ銀ー」
廊下の先から半泣きのケイの叫び声が響き、るうは藤椅子に座りながらのんびり答えた。
まあ長い付き合いだ。
いずれ永い時が過ぎ去って、銀がいつか言葉も話せる優しくて良い男になった頃には、こんな日々もきっと笑い話になるに違いない。
その時、私はあなたと暮らせていたら本当に嬉しい。
あなたが建ててくれたこの屋敷に包まれて、二人の子供と暮らして、二人で見た景色を見て、私は生きていく。
これからも。
おしまい
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