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君の聲と、夜明けの世界
「確か、この場所だったよなあ」
飛波公園へ続く、飛波橋。沈む夕焼けを見ながら俺は、感慨深い気持ちで告げた。
ここの平凡で、されど壮大な景色は、十年前から一切変わる気配がない。自分達が生まれ育った故郷。大切な町。中でもこの橋の上は、俺達にとっては特別以上に特別な場所でもある。
「もう十年過ぎちゃったか。あの時まだ俺ら、中学生だったもんなあ。まさかこんなことになるなんて、全然想像してなかったし」
俺も、彼女も、今年で二十五歳になる。同居を始めたのは大学を卒業してからだが、単純に“付き合い始めた”と言えるのは果たして何年になることか。
恋人以前に、俺達は“相棒”や“運命共同体”と呼んだ方が差し支えない関係だった。十年前までは、近所に住んでいるだけの普通の幼馴染だったというのに。
「なあ、翔子。あのさ、俺……」
そろそろ、決断しなければいけない時なのだろう。意を決して俺が振り返った途端。力強い腕に、思い切り抱き寄せられていた。
え、と思った瞬間。香ったのは翔子が好む香水の匂いだ。そして――そう、十年前にはけして、香るはずがなかった匂いも混じっている。
「違うよ、玲」
“彼女”の背は、俺よりもずっと高くて。
力はずっと、俺より強くて。
肩口に埋められた髪からは、確かに男性の香りがしている。
「今の私は……翔、だから。……そうなったんだから」
十年前。俺達の運命は何の前触れもなくひっくり返ってしまった。
武内翔子という名前だった彼女は、武内翔と名前の少年に。
そして俺は――たまたま中性的な名前だったからなのか。水上玲という名前のまま、少女になった。
あの、不思議な夢を見た、その翌朝にはもう。
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