0人が本棚に入れています
本棚に追加
そうだ、遠くへ行こう。
そう思いはしたけれど、すぐに行くところが思いつくわけでもない。行動しないよりはマシだと、一番近い駅に向かい、すぐ来た電車に飛び乗った。
バイトは割の良かったが仕方がない。時給はそこそこだが、まかないはうまいし、家からも通いやすかった。全く違うタイプの二人が友達になることだってある。環境が変われば、おれにもきっと新しい出会いがあるはずだ。バイトなんてまた見つければいい。
電車がトンネルを抜けたかと思うと、次は竹林だった。わさわさという音が響く。気づけば、電車はどんどん街の中心から離れていく。田んぼや畑。三角屋根の家。車一台で横幅がいっぱいになってしまう道を、軽トラックがゆったりと走っていく。えらく遠くまで来たもんだ。そんなことを思っていると、終点だというアナウンスがあった。その駅名には覚えがあった。
*
「悪いな、急に」
「別にいい」
駅を出ると、タケはもう待っていた。ママチャリのハンドルを握って立っている姿が、周りの景色に妙に馴染んでいる。本当にここに住んでいるんだな、なんて思った。十分ほど歩くぞ、と言うタケの後ろを付いていく。何気なく見た時刻表は、今乗って電車のあとはひとつ空欄だった。つまり、一時間以上は電車が来ない。同級生のタケがここに住んでいることを思い出して、連絡を取った。
多くても一時間に二本ほどしかない電車の話を振ると、この辺りは車社会で、通学通勤の時間でもなければとりたてて不便でもないなんて返ってくる。県を越えているわけでもないのに、生活の違いがここまであるなんて不思議だ。そんなことを思っているうちに家に辿り着いた。タケが自転車を停め、引き戸を開ける。
「助かったよ」
「おれもちょうど聞きたいことがあったんだ」
「何だよ?」
先に入るように言われて、足を踏み入れる。広そうな家だ。障子に屏風、生花に思わず見入ってしまう。
「バイト先の女の子に手、出したんだってな」
何で知ってるんだ。誰にもその話をした覚えがないだけに、タケを振り返る。しかし、タケは出入り口のほうを見たままで、目が合うことはなかった。
「それも、二人同時に」
タケが言い終わるのが早いか、がしゃんと音がした。鍵がかかったらしい。ふと視線を落とすと、パンプスが一足置かれていた。きらきらとラメの入った紫のそれには、見覚えがあった。
「ユリアはうちの妹の小学校からの親友、ハルナは妹と同じ学校の友達」
ユリアとハルナ。派手な外見で目を引くユリアと、あまり目立たないハルナ。同じバイト先にいるからといって、この二人に接点ができるなんて思いもしなかった。
「二人とも、友達がこの町に住んでるって話しかけられて、ローカル話で仲良くなったって言ってるらしいが……どういうことだろうな」
ぱたぱたと足音が家の中から聞こえてくるのとともに、タケが腕を組んで引き戸の前に立つ。タケの目の上に入った深いシワに、どうやら遠くへ逃げるのは無理そうだと知った。
最初のコメントを投稿しよう!