文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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「まだいたの」  璃子が言って、思わずクスッと笑った。  環菜は片手を高々と上げて、大きく振ってみせた。  すぐに清香が、遅れて小崎が返す。  8人、大きく手を伸ばす。  そうでもしないと伝わらない、あまりに遠い距離。しかし、思いっきり振った腕は何だか気持ちよかった。 「ずっと2人で待ってたわけ?」  あかりが嬉しそうに言った。 「何話してたのかなあ、気になる」 「月曜、聞いてみようか」  悠希がわくわくしながら言った。  眠気は一時的に覚めたらしい。  誰からともなく、腕が下りる。  向こうの清香と小崎が、店の中に戻って行くのが見えた。 「……おやすみ」  環菜は口の中でそっとつぶやいた。  それから、晴れた夜空を見上げた。  あごがついてこなくて口が半開きになる。  白い息がコロコロこぼれた。 ――私たち今、あったかいからね。  同じ夜なのに、今は寂しくなかった。 「鍋、たくさん食べたからかな……」  体と心が満たされている。  私たちはこれからだ。  そうだとも、まだまだこれからだ。 「――ちょっと、環菜!」  璃子の声が飛んできて、環菜は首を戻した。 「何してんの、早くしないと置いて行くよ!」  いつの間にか全員、環菜のずっと先にいる。 「わあ、行きます行きます! ちょっと皆さま、置いて行かないでちょうだいな」  リュックを揺らしながら、環菜はバタバタ走り出した。  あの日の空は、景色は、音は、ちゃんこ鍋は。  これからも私のどこかに眠り続けるのだろう。  頭の隅に押し込まれても、ある時ひょっこり顔を出して、きっと背中を叩いてくれる。  君は、こんなに楽しい時間を過ごしたのだと。  だから、これからも生きていけるよと。  ややこしいことは考えなくていいって。  君が暗い気持ちに沈んでしまう必要なんてどこにもないのだと、ただそれだけを。 →→NEXT:11月2週目
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