文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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 わあっと歓声が上がる。 「紹介しよう! 2人目のボーカル、小崎宏斗! みんな拍手!」  飯田が声を張った。  声をあげ、飛び跳ね盛り上がる群衆のど真ん中を、小崎は歌いながら歩いてくる。  途中、立ち止まってこぶしを上に強く掲げて、さらに場をあおる。  普段、どちらかというと騒いだりせず、冷静にツッコミ役に回るような小崎が、この時だけはノリノリであった。  Aメロのワンフレーズが終わった一瞬で、小崎はとうとう花道の際にいた同級生の男子生徒に捕まっていた。 「おい、引っ張るな、引っ張るな! シャツ伸びるから!」  見事、飯田と宇野のフリに応えてもらったというわけだ。  仕掛けた当の2人は、演奏を続けながらもゲラゲラと大笑いしている。  環菜と悠希も面白がってニヤニヤしていた。 「離せって、俺、上行かなきゃいけないんだから。――え? 何?」  マイクを通しているので、会話の小崎のセリフだけが丸聞こえである。 「はいはい、ありがとう、ありがとう――って大森、お前いつ1000円返してくれるんだよ。忘れてんじゃないだろうな、絶対返せよ、今週中だぞ。――みんな聞いた?」 「オッケー!」 「了解!」 「大森、来週返せよ!」  3年5組大森少年の返済期限は、全校生徒が証人となったのである。  とっくに、次の歌いだしは過ぎている。  まさか、ここまで引っ張られるとは思っていなかったので、グラスホッパーは急きょ同じフレーズを小崎が上がってくるまで繰り返すことにした。  時折、宇野がメロディを入れ、悠希がアレンジを加え、飯田が動きをつけ、環菜が遊びを入れる。  場を駆り立てる演奏ではあるが、これが不思議なことにテンポは乱れない。地が安定しているのだった。 「おい、小崎!」  宇野が笑いながら言った。 「そろそろ戻って来い! 時間押してるから! 結構まずいから!」 「お前らが仕掛けたんだろうが!」  小崎が舞台上に向かって怒鳴った。 「俺、まだ舞台上がってもないのに、すでにぐちゃぐちゃだよ!」  引っ張られてよれたシャツをつかんでみせる。 「あはは」 「あはは、じゃないよ!」
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