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わあっと歓声が上がる。
「紹介しよう! 2人目のボーカル、小崎宏斗! みんな拍手!」
飯田が声を張った。
声をあげ、飛び跳ね盛り上がる群衆のど真ん中を、小崎は歌いながら歩いてくる。
途中、立ち止まってこぶしを上に強く掲げて、さらに場をあおる。
普段、どちらかというと騒いだりせず、冷静にツッコミ役に回るような小崎が、この時だけはノリノリであった。
Aメロのワンフレーズが終わった一瞬で、小崎はとうとう花道の際にいた同級生の男子生徒に捕まっていた。
「おい、引っ張るな、引っ張るな! シャツ伸びるから!」
見事、飯田と宇野のフリに応えてもらったというわけだ。
仕掛けた当の2人は、演奏を続けながらもゲラゲラと大笑いしている。
環菜と悠希も面白がってニヤニヤしていた。
「離せって、俺、上行かなきゃいけないんだから。――え? 何?」
マイクを通しているので、会話の小崎のセリフだけが丸聞こえである。
「はいはい、ありがとう、ありがとう――って大森、お前いつ1000円返してくれるんだよ。忘れてんじゃないだろうな、絶対返せよ、今週中だぞ。――みんな聞いた?」
「オッケー!」
「了解!」
「大森、来週返せよ!」
3年5組大森少年の返済期限は、全校生徒が証人となったのである。
とっくに、次の歌いだしは過ぎている。
まさか、ここまで引っ張られるとは思っていなかったので、グラスホッパーは急きょ同じフレーズを小崎が上がってくるまで繰り返すことにした。
時折、宇野がメロディを入れ、悠希がアレンジを加え、飯田が動きをつけ、環菜が遊びを入れる。
場を駆り立てる演奏ではあるが、これが不思議なことにテンポは乱れない。地が安定しているのだった。
「おい、小崎!」
宇野が笑いながら言った。
「そろそろ戻って来い! 時間押してるから! 結構まずいから!」
「お前らが仕掛けたんだろうが!」
小崎が舞台上に向かって怒鳴った。
「俺、まだ舞台上がってもないのに、すでにぐちゃぐちゃだよ!」
引っ張られてよれたシャツをつかんでみせる。
「あはは」
「あはは、じゃないよ!」
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