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「じゃ、ぼちぼち開放してやってください」
と飯田が言った。
「えー、みなさん、それぞれご協力ありがとうございました」
「よっしゃ、上がってこい!」
しかし、体育館の床から舞台に上がるための階段は、今は外されてしまっている。
「一発勝負だぞ!」
と飯田が言った。
「怪我するなよ!」
宇野が続ける。
小崎は額の汗を腕で乱暴にぬぐうと、正面の舞台を見た。
ぴょん、と軽く飛んで、体をゆする。
そして――突然、舞台に向かって全速力で走り出した。
どんどんスピードが上がる。
このままでは舞台に激突する――というタイミングで、小崎が強く床を蹴った。
ダン、と音がする。
小崎の身体がふわっと浮き上がって、舞台のへりに片足がかかった。
身体が落ちるより前に、勢いそのままに足で蹴り上げて、一気に舞台上にあげてしまう。
勢いで、危うく奥のドラムセットに突っこみそうになるのを、ギリギリで踏ん張って止めた。
ある程度の身長、運動神経、身体能力の三拍子がそろわないとできない、『体育館の舞台に手を使わず助走だけで上がる』、あの芸当である。
小崎が振り向いて、観衆に向かって、両手を広げてみせた。
ついでに、片膝をまっすぐ曲げて上げる。――さながら、道頓堀のあの看板だ。
うわああっと歓声が上がった。
小崎がニコッと笑う。
再びマイクを握りなおして、歌を再開した。
演奏側も、観客たちも、前半ですっかり体力を持っていかれているはずだが、そのようなことは全くお構いなしだった。
そして、当たり前であるが、小崎は全くもって元気である。
こちらも続いて、2曲歌った。
前半の清香もなかなかの上手さであったが、こちらもひけを取らない。
清香は少し気取った、演じてみせるような歌い方をするのに対して、小崎は素でまっすぐに歌い上げている。
表情や歌声が飾っていない。ありのままの気持ちをこめた彼の姿である。
途中、宇野の肩に腕をかけて、彼にマイクを差し出した。
宇野が『なるほど、俺に歌えってか』と、歌おうとした瞬間、サッとマイクを戻してしまった。
ぽかん、とした宇野の表情に、客が大笑いした……。
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