文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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「じゃ、ぼちぼち開放してやってください」 と飯田が言った。 「えー、みなさん、それぞれご協力ありがとうございました」 「よっしゃ、上がってこい!」  しかし、体育館の床から舞台に上がるための階段は、今は外されてしまっている。 「一発勝負だぞ!」 と飯田が言った。 「怪我するなよ!」  宇野が続ける。  小崎は額の汗を腕で乱暴にぬぐうと、正面の舞台を見た。  ぴょん、と軽く飛んで、体をゆする。  そして――突然、舞台に向かって全速力で走り出した。  どんどんスピードが上がる。  このままでは舞台に激突する――というタイミングで、小崎が強く床を蹴った。  ダン、と音がする。  小崎の身体がふわっと浮き上がって、舞台のへりに片足がかかった。  身体が落ちるより前に、勢いそのままに足で蹴り上げて、一気に舞台上にあげてしまう。  勢いで、危うく奥のドラムセットに突っこみそうになるのを、ギリギリで踏ん張って止めた。  ある程度の身長、運動神経、身体能力の三拍子がそろわないとできない、『体育館の舞台に手を使わず助走だけで上がる』、あの芸当である。  小崎が振り向いて、観衆に向かって、両手を広げてみせた。  ついでに、片膝をまっすぐ曲げて上げる。――さながら、道頓堀のあの看板だ。  うわああっと歓声が上がった。  小崎がニコッと笑う。  再びマイクを握りなおして、歌を再開した。  演奏側も、観客たちも、前半ですっかり体力を持っていかれているはずだが、そのようなことは全くお構いなしだった。  そして、当たり前であるが、小崎は全くもって元気である。  こちらも続いて、2曲歌った。  前半の清香もなかなかの上手さであったが、こちらもひけを取らない。  清香は少し気取った、演じてみせるような歌い方をするのに対して、小崎は素でまっすぐに歌い上げている。  表情や歌声が飾っていない。ありのままの気持ちをこめた彼の姿である。  途中、宇野の肩に腕をかけて、彼にマイクを差し出した。  宇野が『なるほど、俺に歌えってか』と、歌おうとした瞬間、サッとマイクを戻してしまった。  ぽかん、とした宇野の表情に、客が大笑いした……。
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