文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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「夏目!」  小崎が叫んだ。  彼だけ、知らなかったようである。 「みなさん、今日は本当にありがとう!」  清香が観客に向かって大手を振った。  歓声と拍手がわっと盛り上がる。 「待って、お前ここで出てくるなんて、ひとことも言ってなかったじゃん」 「言ってなかったもん」  小崎の隣に並んで立って、清香が答える。 「え、でも、歌えるの?」 「バカにしてんの?」  間奏は、2人の準備が整うまでエンドレスである。 「あんたは練習通り、歌ってな。私がいい感じに合わせるから」 「何だよ、いい感じって」 「いい感じはいい感じだよ」  そう言って、清香はニコッと笑ってみせた。 「大丈夫だよ、私を信じなって」 「……」  小崎は、口をキュッと結んで――いきなり清香の手をつかむと、高々と上げた。 「ボーカル、夏目清香! 彼女に拍手!」  清香は一瞬、驚いた表情を浮かべたが――すぐにパフォーマーのそれに戻った。 「行くぞ!」 「もっと盛り上がれ!」 「今夜は寝かせないってさ!」 「明日は昼までぐっすりコースだ!」  小崎と清香が交互に叫ぶ。  間奏もそろそろおしまいだ。  小崎と清香、それに宇野と飯田の4名が、舞台上でいっせいに飛び上がった。  高く浮いた身体が、床に着地したタイミング。  それが次のフレーズへ移る合図。  環菜のドラムが激しく叩いた。  会場の温度が、3度上がった。  ~*~*~  ドラムセットの位置は、舞台の1番後方にくる。  だから、環菜は演奏中、ずっと見ていた。  一緒に音楽をやってきた仲間の背中と、それを一緒に楽しんでくれる客席を。  今は、正面で歌い続ける清香と小崎が見える。  たった20分程度の楽しみのために、ずっと練習してきた。  ここで私たちが吐き出しているエネルギーは、高校生活3年分だ。  いや、今まで生きてきた年数、全てだ。  全てがあって、私たちはここにいる。  歌え、踊れ、飛べ。  今は、私たちの時間だ。  見たか、聞いたか、感じるか。  これが、私たちの青春だ。  光の中でめくるめく仲間の姿も、耳を突き抜けるような音も、暑苦しいほどの空気も。  今だけ、何もかもに流されてしまえばいい。  音楽を好きだという気持ちを。愛しい、貴重なこの時を。  得た自分に誇りを持て。堂々と胸を張っていよう。  これが、私たちの生きざまだ。 →→NEXT:18:55『追いつかない背中』
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