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・18:55『追いつかない背中』
体育館の外は真っ暗だった。
ガヤガヤと流れ出る人波から離れた影で、クニモトは夜空を見上げていた。
体育館の中の熱気まで流れて、こちらにまで伝わってくる。
ほうっと息をはくと、ぼんやり白かった。
「環菜ちゃん、飯田君……」
クニモトは、スマホを出した。
「人間ってのも、案外いいものだよね」
2人にメッセージを送った。
環菜ちゃん、お疲れさま。とてもよかったよ。環菜ちゃんの言う通り、あっという間だったね。
楽しかった? 僕は楽しかったよ。
いい時間を、ありがとう。今日はゆっくり休んでね。
飯田君、お疲れさま。すごく素敵なライブだったね。音楽ってこんなに楽しいんだ。僕、知らなかったよ。
そこまで打って、クニモトは少し言葉を考えた。
楽しめているようでよかった。
大丈夫、君なら最後までやれるよ。君はそういう人だ。
だから、僕は君がよかったんだ。
今日はありがとう。ゆっくり休んで。
用を済ませると、クニモトはスマホをポケットに突っ込んだ。
「……帰ろうか」
よいしょ、と体をゆすってクニモトは歩き出した。
生徒たちの制服の群れを遠目に見ながら、そろそろと動く。
「!」
目が大きく見開かれた。
見慣れたスーツの背中、ひょろりとした姿かたち、遠くからでもわかる、きっちり固められた髪型。
「兄さん……」
漏れた自分の声で、クニモトはハッと我に返った。
「あっ」
あわてて人混みにかけより、かきわけてその背中を追う。
「あ、すいません、――後ろ、ごめんなさい、」
兄さん、来てたの?
環菜ちゃんと飯田君のライブ、聴いてた?
全く気がつかなかった。
行くなんて、ひとことも言ってなかったじゃん!
どうして何も言わないで、1人で来たの?
「兄さん、待って……」
しかし、追えば追うほど、兄の背中は遠くなる。
兄弟の力の差だった。
スーツが、他の人の姿に見え隠れするようになって――やがて、その黒は全ておおわれてしまった。
「はあっ、」
何とか人混みを脱出した時には、もう姿はどこにもなかった。
風が吹いた。
方角とその冷たさで、北風とわかる。
「兄さん……」
クニモトは肩で息をしながら、1人つぶやいたのだった。
→→NEXT:19:42『終わりのその向こう』
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