文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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・18:55『追いつかない背中』  体育館の外は真っ暗だった。  ガヤガヤと流れ出る人波から離れた影で、クニモトは夜空を見上げていた。  体育館の中の熱気まで流れて、こちらにまで伝わってくる。  ほうっと息をはくと、ぼんやり白かった。 「環菜ちゃん、飯田君……」  クニモトは、スマホを出した。 「人間ってのも、案外いいものだよね」  2人にメッセージを送った。  環菜ちゃん、お疲れさま。とてもよかったよ。環菜ちゃんの言う通り、あっという間だったね。  楽しかった? 僕は楽しかったよ。  いい時間を、ありがとう。今日はゆっくり休んでね。  飯田君、お疲れさま。すごく素敵なライブだったね。音楽ってこんなに楽しいんだ。僕、知らなかったよ。  そこまで打って、クニモトは少し言葉を考えた。  楽しめているようでよかった。  大丈夫、君なら最後までやれるよ。君はそういう人だ。  だから、僕は君がよかったんだ。  今日はありがとう。ゆっくり休んで。  用を済ませると、クニモトはスマホをポケットに突っ込んだ。 「……帰ろうか」  よいしょ、と体をゆすってクニモトは歩き出した。  生徒たちの制服の群れを遠目に見ながら、そろそろと動く。 「!」  目が大きく見開かれた。  見慣れたスーツの背中、ひょろりとした姿かたち、遠くからでもわかる、きっちり固められた髪型。 「兄さん……」  漏れた自分の声で、クニモトはハッと我に返った。 「あっ」  あわてて人混みにかけより、かきわけてその背中を追う。 「あ、すいません、――後ろ、ごめんなさい、」  兄さん、来てたの?  環菜ちゃんと飯田君のライブ、聴いてた?  全く気がつかなかった。  行くなんて、ひとことも言ってなかったじゃん!  どうして何も言わないで、1人で来たの? 「兄さん、待って……」  しかし、追えば追うほど、兄の背中は遠くなる。  兄弟の力の差だった。  スーツが、他の人の姿に見え隠れするようになって――やがて、その黒は全ておおわれてしまった。 「はあっ、」  何とか人混みを脱出した時には、もう姿はどこにもなかった。  風が吹いた。  方角とその冷たさで、北風とわかる。 「兄さん……」  クニモトは肩で息をしながら、1人つぶやいたのだった。 →→NEXT:19:42『終わりのその向こう』
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