文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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・19:42『終わりのその向こう』  押し寄せた波は、その大きさに比例して引き返す。  後夜祭の終わった学校から1人また1人、人がいなくなるたびに、熱が散って失せていく。  環菜は、部室の窓辺に机を引っ張ってきて座り、窓枠にもたれるようにして外を眺めていた。  電気も点けず、薄ぼんやりした暗い部屋。  いつも見ている景色なのに、時間が違うだけで、まるでよその窓を眺めている気分だった。  体育館の片付けも、楽器の片付けも終わった。  この後、グラスホッパーに加えて、璃子、清香、あかり、小崎を交えた8人でめしやに行って夕飯兼打ち上げをする。  環菜はチラッと、腕時計の針に目をやった。  今ごろ、実行委員たちが最後の締めをしているだろう。  璃子、あかり、小崎はそちらに行っている。他、清香、悠希、飯田、宇野はどこか適当にいて、時間をつぶしているに違いない。  最初は環菜もそこにいた。  途中、トイレに行くために1人抜けた。  その瞬間、無音の世界に心がすぽんと落ちてしまったような気がした。 「……」  戻ろう、戻らなきゃ。  にぎやかなみんなの元へ戻らないと、このまま気持ちが沈んでいく。  しかし、そちらに足が向かない。  向いた先は、誰もいないグラスホッパーの部室であった。  暗い部屋に、楽器が静かに座っている。  あんなに音をならしていたそれとは、全く違う顔だ。  どうしたんだ、私。  環菜は引き寄せられるように、部屋の中に入って、窓辺に腰を下ろした。  あんなに楽しかったのに、どうして寂しいような気持ちになるんだ。  無音の世界はごまかしがきかない。  ライブのときの熱と高揚感と同じくらい、切なさが顔を出してくる。  環菜は目を閉じた。  細かく思い出す。音も、景色も、色も、明るさも。  そして目を開ける。  静かな夜。 「ああ……そうか」 と環菜はつぶやいた。  あの時間が、唯一のものであったことを、私は知っていたんだ。  今日という日は、あのライブという時間は。  もう2度と来ない。
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