文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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 そこにたくさんのものをかけた、注ぎこんだ。  ギュッと詰め込んだ時間が、もう過去のものになってしまった寂しさ。 「でもさ、」  そんなの、わかっていたはずだ。  だから、また次のライブをやって楽しい日々を続けていくんだろう。  卒業して大学に行っても、また音楽を続けたんじゃないか。  そして――。 「何で……」  唇から言葉が落ちて、腕にぽろぽろこぼれた。 「社会人になってから私……中途半端に音楽やめちゃったんだろう」  起因は、ここだった。  何となく離れてしまって、またやろうかと考えてもまあいいかと引き伸ばしていた。 「何でさ」  今日、すごく楽しかったじゃない。  好きだったんじゃないの?  何となくでやらなくなってしまう、私にとって音楽ってそんな程度だったの?  こんな風に、もう1度高校生に戻りでもしなければ、大事なことに気がつけない自分がたまらなく悔しかった。  ポケットの中のスマホが、通知音をならした。  きっと、誰かが探しているのだろう。  しかし、それを見る気にはなれず、環菜は無視してカーディガンの腕に顔をうずめた。  寂しい……寂しい。  もう2度と戻らない時間。  もし、28歳の今も音楽を続けていたら、こんな気持ちにはならなかった。  好きだってことは、自分が1番知っていたのに。  大人になったら、自分でふらりと離れてしまった。  手放してから、気づくなんて。  どこか遠くで、車の走る音が聞こえる。  しかし環菜を包むのは、逃れようのない静寂だった。  沈む、沈む。そのまま、くるりと包まれていく。  ふいに、それを誰かが引きちぎった。 「環菜!」  完全に物思いに沈んでいた環菜は、すぐに反応ができなかった。 「……?」  返事もせず、まばたきをする。 「環菜、ここにいたの、探したよ……ほら、起きて」  悠希の声だ。  突っ伏して動かない環菜を見て、寝ていたのだと思ったらしい。 「実行委員、終わったってさ」  そのまま教室に入って、環菜の隣にやってくる。 「みんな待ってるよ、帰ろう」 「……うん」  やけにその横顔が落ち着いているように見えて、悠希は小さく首をかしげた。 「……環菜?」 「いや、」  環菜はゆっくり体を起こした。少し、腕がしびれている。 「なんかさ、終わっちゃったなあって思って」  そう言って、笑ってみせた。
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