文化祭編~Ⅲ.当日・夜の部~

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 めいめい、コップに飲み物を注ぐ。 「うーん……」  グラスの中のウーロン茶を見つめて、環菜がうなった。 「何、けわしい顔して」 と璃子が言った。 「いやさ、こんなに美味しそうなちゃんこ鍋があってさ、飲み物がウ――」 「わかったわかった」  璃子は手を挙げて環菜を制した。 「あんたが言いたいことはよくわかったから」 「何でわかるの」 「そりゃ、今までのあなたの言動を見てればわかりますよ! 何なら読者の方も気づいてると思う」 「私、そんなわかりやすい女じゃないわよ」  口調がふざけている。 「じゃあ、当ててごらんなさいな」 「ビールが飲みたい」 「正解」  あっさり、破られてしまったのだった……。 「まあ、最初の1杯くらいは私も飲みたいけどねえ」 と璃子が言った。 「今日は食べるのに徹するしかないんじゃない?」 「死ぬほど食べてやる」  環菜はこぶしを握りしめて決意表明をした。 「いや、死んじゃだめでしょ」 「多分、もう1人同じこと思ってる人いる」  環菜がニヤニヤして言った。 「ああ」  2人して、リーダーに視線をやった。 「じゃあ、みんな準備は出来た?」 と飯田が尋ねた。 「乾杯してもいいかな?」 「いいともー!」 「え、ごめん、俺そのつもりで言ったんじゃなかった」  友人のノリのよさに驚いた飯田はえふん、と咳ばらいをして仕切りなおした。 「では改めまして、乾杯の挨拶を」  出だしの言葉に、思わず環菜と璃子が顔を見合わせた。 「今日は、1日お疲れさまでした! グラスホッパーと小崎と夏目は、今年の夏頃からずっと練習してきましたね。今日は、その成果を出すことができたんじゃないかと思います」  環菜と璃子が、笑いをこらえようと下を向いている。 「小崎、増山、野沢は実行委員お疲れさまでした。3人を始め、実行委員の尽力があったからこそ、今日という日を迎えられたわけです。ありがとうございました」  それから、飯田は厨房の方を向いた。 「今日は僕らのために貴重な営業時間を割いて貸切にしていただき、ありがとうございます」  まさか、こちらに振られると思っていなかった清香の両親は、驚いてヘコヘコお辞儀を返した。 「今夜はいっぱい食べて、楽しい1日の締めくくりにしましょう! まあ、俺が言わなくても食うんだろうけど!」  友人たちが、うんうんとうなずく。  まるで、あかべこの首をいっせいに揺らしたようであった。 「では皆さん、グラスを持って!」  スッと、8つのグラスが上がった。 「今日はお疲れさまでした! 乾杯!」 「かんぱーい!」  わいわいグラスをならしあう。  今回は、環菜がグラスを割ることはなかった。  そして――。  湯気の中にて、第一次鍋大戦が勃発したのは言うまでもない。
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