零話

6/24
前へ
/476ページ
次へ
翌日も同じ。またその翌日も。 ひとつも溢すことなく、福間さんの仕事を覚えるのに必死だった。 期限は1週間だけど、土日が休みなので、実質としては5日間。 その5日目のお昼休みに私は聞きたかった事を福間さんに質問した。この頃には少しだけ福間さんと打ち解けていた。 「福間さん、聞いてもいいですか?」 「なに(ふぁに)?」 福間さんはサンドイッチを頬張りながら私に目を合わせてくれる。 「福間さんてどこかの部署に異動するんですか?」 「しないわよ」 頬張っていたサンドイッチを飲み込むと、福間さんはそう答えた。 「じゃあ私に引き継ぎしたあとは、別の仕事を任される予定とか?」 それには首を横に振りながらサンドイッチを齧る。 否定された。 じゃあ、と違う質問を続けようとした言葉は福間さんの声に被ってしまった。 「私、派遣社員なの。知らなかった?」 「派遣ですか? すみません、知りませんでした」 何も疑う事なく正社員だと思っていた。 だって、上司からも信頼されてよく声を掛けられていたから……。 課長なんて、 『福ちゃん、アレさあ営業に回しておいて』 とか、言われて……、 福間さん、福ちゃんて呼ばれてたし、 課長の『アレ』で通じてたし、 他にもまだたくさんあるけど、私はそんな様子を見て福間さんは正社員だと思っていたのだ。むしろこの会社に派遣社員がいるなんて知らなかったくらいなのに。 「切られたのよ」 「?」 切られた、とはどういう意味と言う私の顔を見て、福間さんはちょっとだけ笑う。 「新入社員が入ったから、派遣は要らないって事よ。契約終了したの」 「えっ!? 待って下さい、だって、だって、私より、福間さんの方が優秀なのに――」 「だからよ、優秀だから要らないんでしょ」 「優秀だから?」 意味が分からない。使えない新人を一から教育するより優秀な人材を雇う方がいいに決まってるのに、……なのに、どうして? 「女がしゃしゃり出るのが嫌なんでしょ。だから女性社員に役職はつかない。どんなに頑張ってもずっと平社員よ……。 大きな声で言えないけど、この会社おかしいよ。他の会社で働いた事があるから比較出来るんだけどね。上の考えが古い。事務の女の子は20歳代までしかいないの知ってた? 30過ぎるとね、早く結婚しろって圧力掛けられるのよ! ババアはいらないんだって、酷いと思わない? 女の子は若くて扱い易いのが一番なんてほんと馬鹿にしてる……。 あ、ごめん。これからって新人に言う事じゃなかったね。だけど野田さんには言っておかないといけない気がしたんだよね。まあ、それだけじゃなく、この部署は年間通して忙しいし、真面目にやった分、馬鹿見る事になるよ。仕事を覚えたら適度に肩の力を抜いて、……ね?」 「は、い?」 「頑張ってね、野田さん」 この時は言われている意味がよく分かっていなかった。それに覚える事はまだまだたくさんあるのに、福間さんは契約を切られていなくなる。 いなくなったら私が分からない時に誰が教えてくれるのだろう。それさえも分からないまま、福間さんはこの会社を去って行った。
/476ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加