I’m home

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その空港に連れて来て貰えてぼくはとても興奮していた。その空港にあるのは飛行機ではなく船。宇宙の遠くへ連れて行ってくれるピカピカの大きなその船は、みんなの憧れだった。突然出航のインフォメーションがアナウンスされてぼくは戸惑った。今日は見学だけだと思っていたから。パパはぼくにチケットを渡した。ママが、パパとママも後の船ですぐに行くからね、と言った。そんなのは嘘っぱちだ。これが最後の船なんだから。 船に乗るのを嫌がるぼくは、テレビで何度も見た事があるおじいさんに船のゲートに連れて行かれた。このおじいさんはこの船を造ったとても偉い先生だ。 パパとママが一緒じゃなきゃ嫌だ。ぼくもここに残る、と叫んだけれど無理矢理カプセルの様なベッドに閉じ込められた。大気圏突入で衝撃があるけれど心配しなくて大丈夫ですよ。パパとママの想いを受け継いであげなさい、と先生は言った。このカプセルに入ると気持ちが落ち着いた。ママのお腹の中にいるみたいだ。もちろん覚えてないけれど。 その船はHOPE 0099号。正確に言うと船は船でも宇宙船だ。 地球は大地震や豪雨の天変地異、温暖化や放射能の影響で悲鳴をあげていた。地球が壊れる前に宇宙へ脱出する為にこの船は造られた。燃料は引力や遠心力を利用していていつまでも飛んでいる事が出来る。飲み物や食物は人間の糞尿をリサイクルして造られる。酸素も一酸化炭素を酸素にリサイクルする事が出来るので完全な自給自足、完璧なエコロジーだ。 一隻に約千人もの人を乗せることが出来るHOPEは世界中で99隻まで造られ、100隻目の途中で製造は中断された。地球がもうすぐ最後の日を迎えるからだった。 HOPEに乗る為には一人一億円くらいかかる。ぼくの家はお金持ちじゃないから乗れるはずないと思っていたのに、パパとママはどうやってお金を用意したんだろう? 目が覚めるとそこは本当に宇宙だった。真っ暗な空間しかそこにはなかった。 この船には色んな人達が乗っていて、お金持ちの人達は家族揃って乗っていた。ぼくと同じ10歳くらいの太った男の子がぼくに声を掛けてきた。 「君の家は貧乏だから君しか乗れなかったんだね」 「うるさいデブ」 「なんだってお前こそチビのくせに」 気にしている事を言われてぼくは腹が立ち、デブと掴み合いのケンカになった。 先生が皆に説明を始めた。このHOPEはこれから10年間を掛けて地球の周りを周りながら地球が再生するのを待ちます。船の中では10年ですが相対性理論により地球時間では約100万年経過した事になり、うんぬんかんぬん…難しすぎてぼくにはあまり理解出来なかったけど、ぼく達がこのHOPEに乗って、宇宙から地球が再生するのを待つ事は理解出来た。 HOPE乗船には三つのルールがあった。お酒とタバコは禁止、泣く事は極力控える(涙は集めてリサイクル不可の為)、そして死の選択の自由。すぐに死のカプセルと呼ばれる薬が全員に支給された。先生は言う。この船はHOPE、希望と呼ばれていますが、この宇宙の異空間という特異な環境に置かれた私達は多大なストレスやプレッシャーに晒される事になります。辛くなったら死を選択してもらって構いません。私達は希望などでは決してありません。 一ヶ月目、その間にたくさんの人が死のカプセルを飲んだ。自分の糞尿をリサイクルして摂取する事に抵抗を感じる人、未来に絶望しか感じられない人。その中にはデブのお母さんもいた。泣いているデブにぼくは言った。 「泣くのはルール違反だぞ、デブ」 「うるさいチビ」 二ヶ月目、耳の不自由な女の子に何故お前のような障害者がこの船に乗っているんだとひどい事を言う大人がいた。 「ミミみたいな子がいないと手話が…絶滅するだろう」 デブが珍しく良い事を言う。先生はブラボー、と囁いた。デブはきっとミミが好きなんだ。 三ヶ月目、本当に地球に戻れるのかと疑心暗鬼になった人達が先生を非難し始めた。詐欺じゃないのか、金を返せ、地球に戻せ、と非難は殺到した。生きる為にこの船に乗ったのに、何故そんな事を言うんだろう。ぼくは悲しくなった。あなた達の代わりにぼくのパパとママを乗せてくれたら良かったのに、とぼくは泣きながら叫び、みんなはそれを聞いてしんと静まり返った。 まだたった三ヶ月なのに、僕達HOPE 0099号の乗客達の心はすでにバラバラだ。でも先生は楽しそうだ。 「集団が纏まる為には嫌われ者が必要なんですよ。一つの物事に対して一致団結する、良い傾向です」 「みんなの為に先生が嫌われ者になるの?」 「喜んで。それに…10年後地球がどうなっているのか正直私にも分かりません。本当に再生されて青い惑星に戻っているのか、真っ黒な惑星になっているか、またはビックバンで消滅しているかもしれません」 そんなの嘘っぱちだ。 「きっと帰れるよ先生、ただいまって。ただいま、地球って」 先生はブラボー、と嬉しそうに笑った。
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