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一度目を伏せて瞼を上げた時にはもう元の金織くんに戻っていた。
ふわりと花が咲いたかのような笑顔を俺に向ける。
「…ね、ゆうちゃん。俺の専属シェフになってよ。」
「…え?」
「ダメ?」
「いや、え…?」
思わず聞き返したら笑いながら再度同じ言葉を繰り返してくれた。
これは本当に聞こえなかったんじゃなくて、冗談だよね?動揺する俺を見て楽しんでるんだよね?の"え"だ。
誰が聞いても冗談にしか思えない発言。軽いジョークだよ、とからかってくれた方がまだマシだ。
「ご飯作ってー、後は俺のお世話!給料は今の三倍は出るよー。」
…三倍。
さすがおぼっちゃまだ。この学園の生徒会をやってるだけある。
魅力的なその言葉に誘惑されて危うく頷きそうになった。
金織くんの表情を伺う限り本気のようには見えないけれど、これで俺が行きますって言ったらどうするつもりなんだろう。
「嬉しいお言葉ありがとうございます。ですが…」
なんて断ればいいか整理できず、そこで途切れた。
変に断ったら気分を害するかもしれない。
無理です、ときっぱり言えたらいいんだけど。
「…もー、普通断る?皆は喜んで即答するんだけどなぁ。」
ぶーぶー、と口を尖らせて膨れっ面になった。牛やら豚やら鳴き声をかわいく真似ても俺は揺らがないぞ。
「俺のお誘い断るの初めてだよー。」
「すみません。」
「…やっぱまだ早かったか。」
「…金織くん?」
「まぁいいや諦めないし。んじゃ、さっさとゴールしちゃおー。」
また恋人繋ぎになりそうだったのをどうにか回避して一緒に走り出した。
俺はさっきの言葉が気になってそれどころじゃない。
ちょっと待って…冗談、なんだよね?
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