中学2年の夏のこと

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 夕陽というのは慌てない慌てないとばかりに少しずつ海に近づくくせに、水面に触れると途端に急ぐ。まるで引きずられているみたいに、さっさと次へ行こうとするみたいに、あっという間に姿を隠す。本体が見えなくても光の余波は長く伸び、待機している夜の方がじれったそうだ。  間もなく完全に沈む夕陽をめがけて行く人も沈む間際に移動を始めた人も少ないらしく、うねうねとした道は下りやすかった。右手に海。左手に山。前方に神野。  平坦な道に出る頃には髪に癖がついてそうだなあなんて思っていたら人のことは言えなかった。自転車を下りた神野にじっと見られて、身構える前に撫でられた。体格差がにくい。  神野の家はシュッとした感じの一軒家だった。ひっきりなしに出入りしている人たちに紛れ込む。神野を見つけた神野の両親はとてもほっとした顔をした。疲れて見えるのに美しいのはさすが神野の両親だった。棺に横たわっていた人も。  会ったことのない人だから「初めまして」になってしまう。「お孫さんと同じ中学で、小学校も同じで」。友だちと言っていいかわからなかったのでそんな自己紹介になってしまった。後ろで待っている人もいるんだから早く、と思うけれど言葉が出てこない。けれど棺に横たわるその人は急かす気配もなく穏やかで、唇のほんのりとした上がり方が神野に似ていて、ふいに涙が溢れた。故人への悲しみだか感謝だかでいっぱいの空間に感化されてしまった。腕で目元を押さえると潮と汗のにおいがした。  後ろの人に場所を譲って神野と両親の前に移っても嗚咽を堪えるので精いっぱい。「ありがとう」なんて言葉をかけられたときには声を上げてしまいそうになった。会って話をしてみたかった。小学生のときでも中学生のときでも、神野ともう少し近くにいたらよかった。  麦茶をもらって上がった部屋は、ベッドと本棚が目立っていた。ベッドサイドにクッションを寄せてぐずぐずとやっていたら、ようやく涙は引いた。  階下から戻った神野は煎餅とクッキーと、スケッチブックと筆とバケツをトレーに乗せていた。全然絵を描く気分じゃない。けど、描くと言って連れてきてもらった。バケツにはご丁寧に水が入っている。パレットの上で塊になった絵の具を筆の先で解し、スケッチブックに乗せて行く。 「何度も見たから描けるの?」 「あそこの景色じゃないから描ける」  真ん中にあるのは太陽。その下に広がっているのは海。そう見えるだろうことはわかっている。だからあの場所で描いていた。風景画と思われるように。 「俺に見える色を置いて形を追いかけてる。太陽の光も海の水も、見えてるようで見えていないような気がして。最初は本当に風景を描いてたんだけど、段々わかんなくなって。俺は見てるものを描いてるつもりなのに、どんどん離れて行くみたいで。それで景色はやめにした。一つのものを追いかけてるといつの間にか遠くへ行ってるんだ。俺の手も目もここにあるけど、描きたいもののすぐ近くにいるような感じ。実際には触れないものでも、どんなに離れた場所にあるものでも」  赤の上に赤を乗せて、橙を少しだけ垂らす。そこに青と藍を混ぜた深い色を足す。 「これが神野もどき。でこれが神野のじいちゃん。話聞いたイメージでは風っぽい」  緑や黄緑や黄、白や薄茶も思うのは先ほど対面したからかもしれない。 「神野のじいちゃんは神野の近くにいる。いくらでも遠くへ行けるけど、少なくとも俺の世界ではちょっと重なり合ってる。神野の世界ではどんな感じ?」  神野が片膝を抱えて考える。横顔はなぞってみたくなるほど綺麗で、どこか遠い。だけどにおいは似たようなものだと知っている。  新しいページをめくり、輪郭を藍で描く。今だから藍にしたいのかもしれないし、神野だから藍と思ったのかもしれない。  神野の答えで今の印象は遠のくかもしれないし、同じ方向に深まるかもしれない。  そのときが来るまでに、いくらかは遠くへ、神野の近くへ。 了
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