中学2年の夏のこと

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 波の狭間に呼び声が聞こえた。  海風に逆らって微かに。  こんなところにいるわけがない。  そう思いながら振り向いた。 「じんの」  こっちが堤防に座っているから顔の高さはほとんど変わらない。自転車に跨った彼は夏の制服姿。夏休みの始まりより終わりが近い今、二学期を先取りしている。 「美術部の課題?」 「ただの趣味。個人的な自由研究」  美術部だと話したことなんてあっただろうか。同じ小学校から中学に進んだけど会話は数えるほどしかしたことがない。仲が悪いつもりはない。神野のいるグループは目立つやつが多いから何となく距離が離れている。 「神野は?どこか行くの」 「ミサキ」  この海岸沿いを北へ行った先だ。山と海の狭間の道をひたすら上ることになる。歩道なんて作る余裕のない二車線にはバスも車もそれなりに通る。太陽が海面に近づいている、今からそんなところへ? 「何しに行くの」  風が神野の前髪を逆立てて綺麗な顔があらわになる。おお、と思った。女子ならキャーとか思ったかもしれない。神野はかっこいいと綺麗を合わせ持っている。騒いでいるところは見たことがないし、授業では正解しか答えない。後ろめたいことなんて何もなさそうで、目が合うといつも微笑む。  その神野が目を逸らした。 「ちょっと」  おお?  小さな頃に家族と行ったミサキには古めの灯台がある。上ることのできる観光施設だけれど、昔から飛び込みの名所でもある。岩山というか絶壁と言うかが海と堺なく存在していて、どこまで行くかは自分次第。海から呼ばれる、遠くへ行きたくなる、そういう場所だといつからか聞いている。 「ひとりで?チャリで?」 「うん」  危ないよなんて言う必要はない。成績も優秀な神野がわかっていないはずがない。 「俺も行く」 「えっ」 「ここで会ったのも何かの縁だろ」  断られる前にパレットを閉じた。筆を洗った絵の具のバケツは逆さにして堤防の付け根に流してしまう。なんとなく砂浜に捨てるよりは駐車場の方がマシに思えて。公衆トイレに行くのは時間がもったいなかった。ミサキへの道に外灯はほどんどなかったはずだ。ものすごく暗かった記憶がある。日が暮れたらますます危ない。 「行こ」  漕ぎ出せば神野が付いて来る。ミサキまで自転車で行ったことはない。なんとなく自転車で行く場所じゃないと思っていた。一般的な自転車では変速機能があってもキツイのが目に見えている。しかも目的が不明。なので、神野と行く、を目的にする。  にんまりしてしまう。一緒にいるというだけで誰かに自慢させたくなる神野はすごい。  スケッチブックとバケツと筆がカゴでカタカタ揺れる。心臓もことこと弾んでいた。
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