放課後グラフィティ

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「伊織……どした?」 「ねぇ、美咲? もし私が美咲のこと好きって言ったら──どうする?」 「えっ? 好きって? 私も伊織のことは大好きだよ」 「だから──そうじゃなくって」  そこまで言って伊織は黙った。思い詰めた表情のまま。美咲はその表情の意味を汲み取れず、ただ伊織を眺めるしかできなかった。  グラウンドからは野球部が鳴らす軽快な打撃音。部員たちの喝采の声。徐々にオレンジに染まる空。時々カラスが鳴いている。放課後特有の音に包まれながら、教室には長い沈黙が流れた。  大学のことを考えて感傷的になったのかもしれない。美咲はそう思った。伊織に元気を取り戻してもらいたくて、「高校生活最後の記念に、好きな人の名前を紙ヒコーキに書いて二人で飛ばそうよ。遠くまで飛べば、恋が叶いそうじゃない?」と、無理に笑顔を作りながら提案してみた。  特に反応は返ってこなかったが、気にせずカバンから紙とペンを取り出すと、伊織に手渡した。伊織は苦笑いしながら、それを受け取った。  黙ったまま紙に名前を書き、二人で紙ヒコーキを折った。折り慣れない二人の紙ヒコーキは不格好。どう考えても遠くまでは飛びそうになかった。  窓の外に向かって構える二人。美咲が「せーのッ」と声を掛けると、空に二機の紙ヒコーキが飛び立った。 「教平のことが好きだよー!」  美咲は叫んだ。紙ヒコーキに願いを託すように。理想的なフライトではないものの、風がそれをうまく運び、フラフラと飛んで行った。 「美咲って、教平のこと──」 「初カミングアウトッ! 高校生活の記念に、教平への想いを乗せて飛ばしてみました」  伊織は「そっか」と言いながら、穏やかに微笑んだ。 「下手くそな紙ヒコーキのわりには、ちゃんと飛んだね」 「うん」 「伊織のやつは優秀だったね」 「どうせ叶いっこないけど」 「わかんないじゃん」 「もういいんだよ、私なんて」 「どういうこと?」 「教平に届くといいね。紙ヒコーキ」  これまで見せたことのない伊織のぎこちない笑顔。いつも通りの快活な様子は微塵もなく、あまりのギャップに少し心配になった。
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