放課後グラフィティ

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 昼に屋上で食べたお弁当箱を忘れてきたからと、美咲を先に帰らせた伊織。久しぶりにひとりで下校。高校生活はまだ残っているものの、通い慣れた道に懐かしさを感じながら家までの道のりを歩く。  ふと視界に入った側溝に落ちた白いもの。それは紙ヒコーキだった。拾ってみると、さっき二人で飛ばした紙ヒコーキ。折り方からして伊織のやつだ。 「こんなとこまで飛んだんだぁ」  感心して声を漏らす。伊織には悪いと思いながらも、自分だけが教平への想いを打ち明けていたことを思い出し、折られた紙ヒコーキを開いてみることにした。 「え!?」  そこには美咲への想いが綴られていた。  美咲はすべてを理解した。鈍感な自分を恨んだ。自分に対して友情ではなく愛情を抱いていた伊織の気持ち。それに気づかず、教平への想いを無邪気に叫んでしまった。そんな浅はかな行為を心から悔やんだ。  思い詰めていた伊織の顔が浮かぶ。寂しそうに屋上への階段を上る後ろ姿も。屋上!?  気づけば学校へ戻るために走り出していた。嫌な予感がしたからだ。今日のお昼はグラウンドの隅でご飯を食べた。屋上に行く理由なんてない。あるとすれば──。  下校中の生徒とすれ違いながら、夕焼けに染まる校舎目掛けて走った。 「伊織ッ!」  美咲の予想通り、伊織は屋上の縁に立ち、グラウンドを見下ろしていた。美咲の声に気づき伊織が振り返る。風に吹かれてスカートが揺れている。 「伊織──ごめん。気持ちに気づかなくて。こんな私のこと、想ってくれてありがとう」 「もう、いいんだ」 「よくないよ!」  歩み寄ると、伊織は飛び降りる素振りを見せたため、美咲は戸惑い、歩を止めた。 「ごめんね、伊織。私は教平のことが好きなんだ。伊織にウソはつけない。でも、伊織のことは失いたくない。いつまでもそばにいて欲しい。伊織にとっては何の解決にもなってないかもしれないけど、それが私の気持ち。受け入れてくれるなら、これまでみたいに一緒にいたい!」  伊織は急にしゃがみ込むと、足元のカバンから紙ヒコーキを取り出した。 「これ、さっき美咲が飛ばしたやつ。グラウンドに落ちてあったから拾ってきたよ。あんまり遠くに飛ばなかったみたいだね。紙ヒコーキ作りは私のほうが上手みたい」  愛おしそうに紙ヒコーキを撫でる伊織の様子を、美咲はただ黙って見守るしかできなかった。 「美咲と教平が、うまく行きますよーに!」  叫びながら、紙ヒコーキを飛ばす。  空はすっかりオレンジ色。頼りない月も顔を覗かせている。下校時刻を告げるために、校舎に流れるパッヘルベルのカノン。このまま泣き出してしまいたい。屋上から飛ばした紙ヒコーキは、さっきのやつよりもうまく風に乗り、気持ちよさそうに飛んで行く。遠くへ。遠くへ。夕暮れの空には、伊織の名を呼ぶ、美咲の叫び声だけが響いた。
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